自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
作/菊田一夫
演出/三木のり平 ほか
出演 森光子 黒柳徹子 米倉斉加年 有森也実 斎藤晴彦 山本学 ほか
上演回数1900回を越えた日本演劇界の至宝の作品といわれる。日本の演劇は相当変わった。座長芝居ができなくなってきたのだ。20年くらい前であれば、森光子さんだけでなく、山田五十鈴さん、山本富士子、佐久間良子などなど、蒼々たる大女優がいて、一ヶ月の興行の看板として、芸者の話とか、家族の話とか、恋愛ものも含めて芝居で大劇場を一ヶ月集客していたのだ。しかし、この20年で時代は変わった。ひとりの俳優が観客を呼ぶというよりも作品でお客さんを呼ぶという風に変わっていったのだ。大女優といえども、作品の中のひとりというわけだ。演出家や作家の時代となった。例えば、三谷幸喜さんや、井上ひでのりさん、蜷川幸雄さん、若手で言えば長塚圭史といったような才能が台頭してくる。観客は作品に息づく俳優を観るのも楽しみなのだが、それ以上に作品を見ているのだ。集団で見せるミュージカルもそうだ。
そういった意味合いで、森光子は最後の看板女優といえる。座長芝居といえる。性格に言えば、梅沢富美男さんが、明治座で行っている興行は、その流れを汲むのだが、従来の座長芝居とちょいと違うのであります。大地真央さんは、座長的な空気を持っているが、作品がつまらないと、客で満杯にすることはできていない。大竹しのぶさんは、慎重に作品を選んでいて、彼女が出れば満杯になるが、それにしても、大劇場で彼女の集客力で1ヶ月埋めることはできないだろう。
時代は変わったのだ。そして、この放浪記はそういった昭和の興行の流れを汲む最後の作品なのだ。森光子さんは、すでに老齢でこの役柄を演じるのに限界にまで来ている。公演中に左の手足は常に震えていた。ものすごい精神力だ。台詞も忘れるけれども、この林芙美子という女性になりきっているので、きちんと戻る。この柔軟性がスゴい。
廻りのサポートキャストが素晴らしい。米倉斉加年さん、斎藤晴彦さん、大塚道子さん、山本学さん、もちろん黒柳徹子さん。すべてが素晴らしい。森光子さんの心の中では、絶世期の時の林芙美子が生きている。それに体力がついていかないのだ。それは、相手役にも観客にも伝わって、いろんなことを補ってみることができる。ああ、森さんの中でいま林芙美子はこうやりたいんだなって。
森光子という女優は決して恵まれた女優ではない。
素晴らしい作品ではあったが、彼女の代表作はテレビドラマ。それも風呂屋さんが舞台で、テレビで女の裸が観られると話題になり始まった「時間ですよ!」シリーズであり、「3時のあなた」などのワイドショーの司会である。もちろん、例えば、「時間ですよ!」は素晴らしい才能が集結しシリーズが進むとともに素晴らしい作品に成長していくのであるが。僕の記憶ではNHKで森さんが若い時代に素晴らしい作品の一枚看板として出演した記憶がない。同世代の女優と違い、溝口健二や、黒澤明、小津安二郎といった国際的にも名を知られた大巨匠とほとんど出会ってもいない。
それは、若い頃から山ほど出たB級映画の女優と言うイメージが定着してしまったからだと思う。二本立て興行の二本目。艶笑喜劇の安っぽい役を多く勤めたイメージが森さんにある。
僕は森光子さんはきっとスゴく傷ついていると思うのだ。絶対に、黒澤の映画に出てみたい。小津の映画にも出てみたい。山田洋次の作品に出たいと思ったはずなのだ。しかし、出会っていないのだ。そんな彼女が本当に一流の人に出会ったものがあった。それが舞台だった。菊田一夫を代表とする素晴らしい演出家と出会い、唯一舞台で大輪の花を開かせた人なのだ。そして、舞台で彼女は、超一流の一枚看板として扱われてきたのだ。
僕はいまの森光子さんを見ていると杉村春子を思い出す。彼女にも数々の名舞台があった。「欲望という名の電車」「女の一生」「華岡青洲の妻」…。そして、死の間際まで、それこそ90歳近くまでしゃきんとして背筋が通った素晴らしい演技をされていた。杉村春子は、小津安二郎、黒澤明、木下恵介とも出会い素晴らしい映画の作品もある。テレビの作品もある。文学座もあった。そして、舞台も死に間際まで素晴らしい作品に出た。
森光子には、舞台しかない。
森光子さんは杉村春子や田中絹代になれなかった自分のことを時々どう思っているのだろう。この芝居は、最後、林芙美子演じる森光子が執筆しながら眠ってしまうところで終わる。最後の台詞は、黒柳徹子さんの「あなたって幸せじゃないのね」である。それから2分以上。ただ眠っている姿でおしまいになる。何と!
カーテンコールの森光子。何も言わず、老齢にむち打って、来てくれたお客の顔をひとつひとつ愛おしそうに見ながら見つめて、手を差し出し、頭をついて終わる。
そこには、ジャニーズのタレントとふざけ合ってる森光子の姿はない。そこに、女優 森光子の裸の姿があった。
シアタークリエ
2008年3月28日
演出/三木のり平 ほか
出演 森光子 黒柳徹子 米倉斉加年 有森也実 斎藤晴彦 山本学 ほか
上演回数1900回を越えた日本演劇界の至宝の作品といわれる。日本の演劇は相当変わった。座長芝居ができなくなってきたのだ。20年くらい前であれば、森光子さんだけでなく、山田五十鈴さん、山本富士子、佐久間良子などなど、蒼々たる大女優がいて、一ヶ月の興行の看板として、芸者の話とか、家族の話とか、恋愛ものも含めて芝居で大劇場を一ヶ月集客していたのだ。しかし、この20年で時代は変わった。ひとりの俳優が観客を呼ぶというよりも作品でお客さんを呼ぶという風に変わっていったのだ。大女優といえども、作品の中のひとりというわけだ。演出家や作家の時代となった。例えば、三谷幸喜さんや、井上ひでのりさん、蜷川幸雄さん、若手で言えば長塚圭史といったような才能が台頭してくる。観客は作品に息づく俳優を観るのも楽しみなのだが、それ以上に作品を見ているのだ。集団で見せるミュージカルもそうだ。
そういった意味合いで、森光子は最後の看板女優といえる。座長芝居といえる。性格に言えば、梅沢富美男さんが、明治座で行っている興行は、その流れを汲むのだが、従来の座長芝居とちょいと違うのであります。大地真央さんは、座長的な空気を持っているが、作品がつまらないと、客で満杯にすることはできていない。大竹しのぶさんは、慎重に作品を選んでいて、彼女が出れば満杯になるが、それにしても、大劇場で彼女の集客力で1ヶ月埋めることはできないだろう。
時代は変わったのだ。そして、この放浪記はそういった昭和の興行の流れを汲む最後の作品なのだ。森光子さんは、すでに老齢でこの役柄を演じるのに限界にまで来ている。公演中に左の手足は常に震えていた。ものすごい精神力だ。台詞も忘れるけれども、この林芙美子という女性になりきっているので、きちんと戻る。この柔軟性がスゴい。
廻りのサポートキャストが素晴らしい。米倉斉加年さん、斎藤晴彦さん、大塚道子さん、山本学さん、もちろん黒柳徹子さん。すべてが素晴らしい。森光子さんの心の中では、絶世期の時の林芙美子が生きている。それに体力がついていかないのだ。それは、相手役にも観客にも伝わって、いろんなことを補ってみることができる。ああ、森さんの中でいま林芙美子はこうやりたいんだなって。
森光子という女優は決して恵まれた女優ではない。
素晴らしい作品ではあったが、彼女の代表作はテレビドラマ。それも風呂屋さんが舞台で、テレビで女の裸が観られると話題になり始まった「時間ですよ!」シリーズであり、「3時のあなた」などのワイドショーの司会である。もちろん、例えば、「時間ですよ!」は素晴らしい才能が集結しシリーズが進むとともに素晴らしい作品に成長していくのであるが。僕の記憶ではNHKで森さんが若い時代に素晴らしい作品の一枚看板として出演した記憶がない。同世代の女優と違い、溝口健二や、黒澤明、小津安二郎といった国際的にも名を知られた大巨匠とほとんど出会ってもいない。
それは、若い頃から山ほど出たB級映画の女優と言うイメージが定着してしまったからだと思う。二本立て興行の二本目。艶笑喜劇の安っぽい役を多く勤めたイメージが森さんにある。
僕は森光子さんはきっとスゴく傷ついていると思うのだ。絶対に、黒澤の映画に出てみたい。小津の映画にも出てみたい。山田洋次の作品に出たいと思ったはずなのだ。しかし、出会っていないのだ。そんな彼女が本当に一流の人に出会ったものがあった。それが舞台だった。菊田一夫を代表とする素晴らしい演出家と出会い、唯一舞台で大輪の花を開かせた人なのだ。そして、舞台で彼女は、超一流の一枚看板として扱われてきたのだ。
僕はいまの森光子さんを見ていると杉村春子を思い出す。彼女にも数々の名舞台があった。「欲望という名の電車」「女の一生」「華岡青洲の妻」…。そして、死の間際まで、それこそ90歳近くまでしゃきんとして背筋が通った素晴らしい演技をされていた。杉村春子は、小津安二郎、黒澤明、木下恵介とも出会い素晴らしい映画の作品もある。テレビの作品もある。文学座もあった。そして、舞台も死に間際まで素晴らしい作品に出た。
森光子には、舞台しかない。
森光子さんは杉村春子や田中絹代になれなかった自分のことを時々どう思っているのだろう。この芝居は、最後、林芙美子演じる森光子が執筆しながら眠ってしまうところで終わる。最後の台詞は、黒柳徹子さんの「あなたって幸せじゃないのね」である。それから2分以上。ただ眠っている姿でおしまいになる。何と!
カーテンコールの森光子。何も言わず、老齢にむち打って、来てくれたお客の顔をひとつひとつ愛おしそうに見ながら見つめて、手を差し出し、頭をついて終わる。
そこには、ジャニーズのタレントとふざけ合ってる森光子の姿はない。そこに、女優 森光子の裸の姿があった。
シアタークリエ
2008年3月28日
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
HP:
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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