佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 燐光群 パワーオブイエス 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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坂手洋二演出



 素晴らしい企画だと思うとともに、僕にもう少し余裕があったら、生意気だが、こういう作品は自分が書かなくちゃいけないなあと思った作品でもある。というのも、敬愛するデビットヘアーの作品ながら、例えば冒頭でオプションをギャンブルと簡単に決めつけてしまうのでは、金融商品の中身をどれだけ理解しているのか疑念に思えてしまうからだ。このくらいの理解で行くわけ?って思ってから、いろんなことを一歩ひいてみてしまった。
 というのも、自分自身が末端ながらも80年代後半から90年ごろにかけて、デリヴァティブを扱い生業にしていた金融マンだったからだ。この作品は、金融の世界にひしめく人間の欲望というより強欲、それが際限のないものであり、そのいうものが金融商品に投影されていることを中心軸にしないといけないのだ。そして、それらがシステムとして世界をメルトダウン寸前まで持っていったと言わなくてはならない。人間の強欲のコントロールが必要で、それは、観客のあなたにも関係しているとしなくてはならない。
 サブプライムローンは、ブッシュとグリンスパンがまいた種であるが、それを育て花咲かせたのは庶民の欲望であるからだ。庶民の欲望が庶民も呑み込むのに影響していることを忘れてはいけない。

 観客は、難しい金融商品のことよりも、付随的にちりばめられたギャグに機敏に反応し笑っているし、銀行員は強欲だとか、金融は悪という、メディアのステレオタイプな視点で見ているだけで、金融商品やマーケットというのは、行き過ぎているけれども、観客のみなさん全員にも共通するものでないでしょうか?と突きつけられず、悪く強欲な金融マンと政治家の自分たちは被害者だというだけで終わってしまうのが物足りなかった。

 もう少し、具体的に気になったことを言えば、これは原文のテキストをあたっているわけではないので、断言はできないが、全体的にマーチャントバンクとインベストメントバンクの差異をもう少し意識した翻訳にしないと、いけない。それは、今回の金融危機はマーチャントバンクとは比べ物にならないインベストメントバンクの強欲と無責任さが生んだことであり、マーチャントバンクをそれと一緒に「銀行」というひとくくりで表現しては、「まともで」「制御され多くの人を幸福にする」資本主義まで否定してしまうことになる。従来のマーチャントバンクのままでいれば、銀行は産業を育て、貧困から人々を解放し、勤める銀行員もそこそこまともな高給をもらいながら幸せな生活を遅れたのだ。それが、投資銀行まで行ってしまったことが多くの問題を生んだのだから。
 流動性と流動化という言葉の違いをもっと明確に訳すべきだと思う。まったく違った意味合いになる。
 資産があればクレジットが付与されるのではなく、資産価値があるからクレジットが付与されるという仕組みとルールをずらしてはいけない。それが、この上演には欠けている。では、資産価値とはどうやって生まれるのかというと、人間の欲望が、自分が所有していないものを、自己所有したいと渇望、思う強欲さが、資産の市場価格をつりあげ、資産価値を増すわけだから。それによって、新たな欲望を実現するクレジットが与えられるという仕組みを理解していないのか、翻訳がその前で留まっているのか。
 中央銀行の独立性は、20世紀以降一貫して必要とされてきた概念が欠けている。あの台詞では中央銀行の独立性が原因のひとつととらえられかねない。労働党政権での選挙対策のために、むしろ中央銀行に政治家が介入しすぎたことが問題であったはずなのだ。それが真逆に扱われた。
 借金と債務という言葉があいまいな感じがした。銀行が借金しているってのは、借り入れがあるということか。きっと不良債務があるということではないのか?ちょっと、気になった。
 債権の証券化によって、サブプライムローンが細分化され組み込まれ、それがファンズオブファンドのような形でいくことによって、トリプルAなどの評価がついていくのだが、その経緯があまりにも端折りすぎていて、ただごまかしている様な感じだ。金融マンは狡猾なので、きちんと理論とルールに則って悪事を働く。だから、アメリカの議会証言で彼らはああまで厚顔で居られるのだ。
 それは、人間の本質であるのではないか。
 ロングタームキャピタルマネジメントは日本の新聞でも多数使われた金融機関名であるのだが、長期的資本なんとかという訳された金融機関名になっていた。ノーザンロックはそのままだったのですが、北岩なんていわないもんね。
 あと、本来は笑いのポイントである50万ポンドとか、何百億ドルって表現は、日本人の感覚ではちょっと分かり難いはずだ。年収なのか月収なのかも検討がつかないのではないか、50万ポンド=年収9000万円!と、プロジェクターで出してくれれば、皆と一緒に笑えるのになあと思った。
 ゴードンブラウンやアラングリンスパン、ジョージソロスとかも、ちょこっと顔写真を投影してくれれば、観客の何割かは、身近な名前と気づくだろう。きっと、ああ、ゴードンブラウンって、労働党の党首でイギリスのつい先日まで首相だったブラウンさんか!って分かるのになあって思う。AIGなんかも、日本でもおなじみのアメリカンファミリーなんかの持株会社だとちょこっと説明入れて欲しかったなあ。

 それから、サブプライムローン、オプション、ヘッジファンド、債権の証券化、レバレッジ、CDS、商業銀行と投資銀行といったものは、客入れ中に、解説すれば観客はもっと楽しめる。あ、それ、俺がやったら、最高に上手くできます(売り込み!)。

 ヘアー、坂手洋二、燐光群という日本で最高峰のチームの作品なので細かいところをいろいろと申し上げ、また、いろいろと思ったのですが、もちろん、それ以外の劇団なんかが、このレベルでやったのなら、天地異変驚がくものの大傑作とファンファーレをならしていたところでした。

 芝居ってホントにオモロいなあ!
 
 

2010年5月12日
ザスズナリ
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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