佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 日本のトップダンサーが一堂に介し火花を散らせる数少ない舞台 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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Iwaki Ballet Company

『井脇幸江 30周年リサイタル』@新宿文化センター


8月の終り、バイロイトを中心としたヨーロッパ旅行の帰国日を30日と決めたのは、この公演はどうしても見たかったからだ。昨年、「ドンキホーテ」の全幕ものを観に行って、すでに東京バレエ団を退団してしばらくする井脇幸江や、元東京バレエ団のダンサーたちのレベルの高さ、菅野英男を初めとする現役で、日本を代表するカンパニーに属する人たちの、本家?とは別の顔を見られることの喜び。そして、カンパニーでバレエを学び始めた人たちの活き活きとしたバレエ愛に満ちた公演が本当に面白く心を打たれてしまったからだ。
今年は、東京バレエ団を退団した高岸直樹との「D/カルメン」をメインに3部構成。



1部は様々なバレエの名シーンからガラコンサート風の競演だ。「グランパクラシック」のアダージョを踊った井脇と菅野は今宵の開幕を告げるトップバッターとしてふさわしい踊り。井脇は東京バレエ団を離れてから、表現者として新たな境地に達している。
菅野はトップクラスの技術力のある人であるが、新国立劇場で踊る時には職人に徹する。振付家や劇場の公演に関する方向性を関知しそれを忠実に表現するのだ。しかし、井脇カンパニーに来た時には、まるで別の顔を見せる。自分の心のままに踊ってやるぜ、弾けてやるぜという気持ちも前面に出てくる。新国立劇場でもっとデカイ役を自由にやらせてみた方がいい。お客の心をつかみ集客にも貢献するはずだ。
「ダイアナとアクティオン」からグランパドドゥを踊った新国立劇場バレエ団などで活躍する芳賀望、ダイナミックな動きをしても軸がものすごくしっかりしているので力強さが増す。めちゃくちゃスゴい。栗島悠衣はコケティッシュな魅力に満ちている。近年はこういう魅力を持ったダンサーは少ないので全幕もので見てみたいなあと思った次第。
「海賊」のグランパドドゥでの浜崎のジャンプ力の高さは、身体と表現したいという気持ちが一体化していてもの凄く魅力的だ。調べるとこの人も新国立劇場のアーチスト契約をしている人なのだが、この踊りは、前にいたKバレエの熊川の全盛期を思わせるものだ。熊川がロイヤルバレエ団と来日した時に日本中を湧かせたのを思い出す。「白鳥の湖」のパドトロワの3人はちょっと守りに徹し過ぎの感じ。
第2部は、井脇のダンスの幅の広さを証明する。コンテンポラリーなダンス。ヒップホップやストリートダンスの面もあるが「十戒」は、日本人振付家だからか、そこに能や謡曲の要素を感じさせる。面白い。僕はパリオペラ座バレエ団は世界でももっとも素晴らしいバレエカンパニーのひとつだと思うのだけれど、それは、古典や現代ものだけでなく、真正面からコンテンポラリーや民族ダンスも取り組むことにある。先年パリに出かけた時に、オレリーデュポンが勅使河原の新作を、ほとんどの観客がメチャ拒否反応しているのに堂々と踊りきって、ひとり嬉しくなってブラボーコールをしてしまったのを思い出す。
東京バレエ団のスゴさも同様で、古典だけでなく現代の振付家の作品がもの凄く多い。そこが魅力なのだ。古典と現代もの、コンテンポラリーな要素のあるものも、それらが互いに反応しあい、ダンサーは発見して作用しあうものだからだ。相手役の三枝氏も初見だが、すごく面白かった。



こういうダンスを踊る機会を井脇はひとり占めしない。カンパニーの女性ダンサーに「GROUND」という民族ダンスの要素が強い作品を託した。このカンパニーに客演しているダンサーは実力だけでなく1回きりの舞台にかける気迫がすごいのだろう。それが若いダンサーにもすごくいい化学反応を与えている、見ていて幸せな時間となった。
第3部はカルメンである。D/CARMENは劇中劇の形を取る作品でおそらく新作である。面白かった。日本で一番贅沢な男性コールドバレエのメンバーを揃えて、女性のコールドバレエダンサーの魅力的なこと、この上ない。心と技術が一体化している。菅野、芳賀はもちろんいいけれど、やはり井脇幸江である。オペラのアグネスバルツアが持っていた野性なカルメンを思わせる存在感であった。作品はカルメンだけに焦点を絞らず多面的だった。注目の高岸直樹はダンサー的な部分よりも演技部分の方が強調されていて物足りない。この人のダンサーとしての歴史を考えるともっと高度でギリギリ感のあるものを見たい。井脇と高岸の、もしくは、菅野や芳賀を含めた超絶技をたっぷり見られるシーンがあったら、この作品はもっともっと魅力的だったはずだ。
井脇バレエカンパニーの唯一の欠点は、広告宣伝が十分でないところだ。チケット代もすごく安く、もっと多くの人に見て欲しいなあと思う、その部分だけである。客席は満席になる価値のある公演なのに、空席も散見された。まあ、カンパニーの運営は、今の時代本当に大変。だから、観客の方で頑張って公演を探すしかない。個人的な希望は、東京バレエ団を退団した人たちをもっともっと起用して欲しいということだ。若くして退団して、もう指導者に甘んじている人が多すぎて本当に残念だ。
 東京バレエ団がどうのこうのとは知らないが、組織というものは一般的に理不尽に動く。その中で弾かれる才能も少なくない。弾かれたからといって、踊り手が自らのダンサーとしての命を自分で断つ必要はない。ぜひ、次回は井脇カンパニーに参加して欲しい。
 日本のダンス環境は酷い。例えば、海外から客演は招いても、国内のカンパニー間で客演を招くことはまずない。この井脇カンパニーだけは、カンパニーに現役として属する、退団していたとしても現役の力のあるダンサーを一堂に介すことをしている唯一のカンパニーである。活きのいい日本人ダンサーが同じ舞台で火花を散らすところをみられる数少ない必見の舞台なのだ。
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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