自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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Aプロ
ブラームス / ドイツ・レクイエム 作品45
指揮|アンドレ・プレヴィン
ソプラノ|中嶋彰子
バリトン|デーヴィッド・ウィルソン・ジョンソン
合唱|二期会合唱団
2011年10月15日 NHKホール
「プレヴィンを聴く至福」
プレヴィンはブラームスをくすんだ音に閉じ込めない。レクイエムであってもひとつひとつの音が明瞭で音楽本来の美しさを追求する。そして、それが静謐な音の中で繰り広げられる。二期会の合唱も、ジョンソンらの独唱も素晴らしい水準で、暖かく迫力もありお見事。前にきいたサバリッシュ指揮のフィラディルフィアやバイエルンの演奏よりも心に残る。プレヴィンは昨年は自ら歩いたが今回は歩行器での登場、20センチくらいの指揮台に登るのも大変そうだし、着席での指揮。指揮棒は時おり止まったように見え、若干の戸惑いがオケの中に広がるかとも思えたけれども。破綻はまったくないままだった。プレヴィンとNHK交響楽団との至福な演奏を楽しみたい。
Cプロ
メシアン / トゥランガリラ交響曲
指揮|アンドレ・プレヴィン
ピアノ|児玉 桃
オンド・マルトノ|原田 節
「20世紀の名曲の魅力を明らかにしたプレヴィン」
日本での初演は50年ほど前でNHK交響楽団だった。プレヴィンがこのオーケストラとの共演を望んだ20世紀の名作は、つい先年に東フィル/チョンミンフンで大いに楽しんだが、この日はさらに深くダイナミズムと何よりも音の美しさに酔いしれた幸せな時間となった。僕はまるで後期ロマン派の曲を聴くときのような陶酔感に浸った。僕は1階のR側の席からきいてピアノの影にプレヴィンの指揮はほとんど見えなかったが、先週のドイツレクイエムと同じように、いやそれ以上にNHK交響楽団はこの老巨匠が晩年になって到達した世界に向き合っていた。そして、僕は思った。この曲は、きっとモーツアルトやラベルと同じように100年後も200年後も演奏される名曲なんだと思った。メシアンは音楽史に残る人なのだ。
2011年10月22日 NHKホール
Bプロ
ショスタコーヴィチ / ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77
モーツァルト / 交響曲 第36番 ハ長調 K.425「リンツ」
R. シュトラウス / 歌劇「ばらの騎士」組曲
指揮|アンドレ・プレヴィン
ヴァイオリン|チェ・イェウン
「極上のピアニシモ、最高のモデラート」
今日のプレヴィン氏の体調はどうだろう。やはり10センチ強の指揮台に上がり下りするのに1分ほどかかる。椅子に座るのは良しとして、中央に真っすぐにすわれない。何か哀しい事を想像してしまう。もしかしたら、プレヴィンとN響を聴く最後の機会かもしれないと。
1局目のショスタコーヴィッチはソロのチェイェウンの超絶技とダイナミズムに応えオケも若々しく鋭敏な音を発散させた。プレヴィンの醸し出す音楽は衰えていないのだ。そして、「リンツ」と「ばら」。プレヴィンの音楽の魅力のひとつはピアニシモで弦楽合奏をさせること。微妙なトーン、色合いの返歌を彼らに求めること。これはすなわち一流の演奏者がその耳でじっくりと他者の音を聞く事になる。大きな音の中に自らの音を紛れ込ませる事ができない。最新のデリケートな演奏を求めるのだ。その品のいいこと。これは早すぎず、遅すぎず、モデラートな演奏の魅力。これこそまさに王道だ。リンツを聞いていて思い出したのは、僕が高校生のときにきいたブルーノワルターのレコードだ。カラヤンの壮麗さも、ベームの頑強さも受け付けなかった僕が巡り会ったのが、ブルーノワルターの晩年の録音だ。
せっかく音楽を聴くのなら最低限の音質の良さが欲しい。ブルーノワルターは20世紀の3大指揮者である、フルトヴェングラー、トスカニーニと並んで称される巨匠で、唯一ステレオ録音をした人である。CBSレコードが1950年代の終わりに普及し始めたステレオ録音で高齢のブルーノワルターにレパートリーを録音しましょうと。西海岸にいたワルターのためにハリウッドの映画の伴奏なんかもする人達を集めてワルターの録音の為だけのオケを創設。それがコロンビア交響楽団。そこに録音したモーツアルトやシューベルト、ベートーベン、そしてマーラーの演奏は不朽の録音として愛されている。そして僕もそのひとりだ。例えば田園交響曲を、モーツアルトのシンフォニーを誰かに誰の演奏で聞くのがいいと思う?と聞かれたら迷わずワルターと応える。それは、決して派手でも個性が強いわけでもなく中庸の暖かい演奏をしている。そこに通じるものがプレヴィンにはあるのだ。何か根っこがね、ワルターと共通するような思いがした。
「ばら」は大抵、あの壮麗な管弦楽のスコアに指揮者もオケも酔って演奏する。それは、エロスの色合いが物凄く濃いわけで、それはそれで聞いていて気持ちいいものだ。しかし、今宵のプレヴィンのそれは、もっと繊細でもっと哀しい音楽だった。元帥夫人がきっと感じているであろう、時代と人生の移ろい行く思い、終わりの始まりを自覚する哀しみの側面が物凄く表現されていたと思うのだ。
それは、決してフレージングでクレッシェンドもデミニエンドも強烈でなく、モデラートな振り幅の中で揺れ動く繊細な「ばらの騎士」だった。何と言う品格。なんというセンスの良さ。
アンドレプレヴィン、あなたはミスターミュージックだ!
どうか、奇跡よ起きて欲しい。また来年の秋に、僕が一年いろんな音楽をきいてあなたの音楽の素晴らしさをもっと分かった段階で、またあなたの音楽に触れたい。
20代の終わりにあなたのドボルザークやシュトラウス、モーツアルトをロンドンのロイヤルアルバートホールでウィーンフィルと聞いた時、へえ、映画音楽の人がきちんと音楽やるんだ〜くらいにしか感じられなかった。ウィーンフィルだから聞きにいっただけの観客でした。それから、何十年も経って、あなたは僕の傍に来てNHK交響楽団と演奏を聴かせてくれた。でももっともっと聞きたい。どうか、どうか、奇跡よ起きろ。来年も再来年もプレヴィンさんをNHK交響楽団が迎えて素晴らしいコンサートを開いてくれますように。
2011年10月26日 サントリーホール
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プロフィール
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佐藤治彦 Haruhiko SATO
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男性
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演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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