佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 ボローニャ歌劇場来日公演 2011年 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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ボローニャ歌劇場は来日公演の度に魅力的な演目を提供してくれる。そして、歌手もなかなか通好み。ミラノスカラ座よりも時にイタリア的な頂点を極める最高峰のオペラハウスだ。2011年は3演目!チケットも確保済み!

ビゼー作曲「カルメン」
「カルメンのいないカルメン」
何回もみた「カルメン」だが、メトロポリタンオペラとの来日はキャンセルしたカウフマンが歌うのかがポイントだったのだがやはりキャンセル。2011年はメトロポリタンオペラ、バイエルン、ボローニャと3大オペラハウスの来日でメインを唄う予定だったカウフマンイヤーになるはずだった。それが…。原発事故で吹っ飛んだのだ。さらに、美術が面白そうで楽しみだ。


カルメンのいないカルメン結局主要4役のうち、カルメン以外はキャストチェンジ。ある人が言っていたが、ボローニャ歌劇場は欧米の一流の次に属する2流の歌劇場。しかし、フジテレビが提示するチケット価格は超一流劇場並。それでも、私たちがお金を払うのは魅力的なスター歌手を呼ぶと宣伝するからだ。歌劇場に対してよりも歌手に対してお金を払う。それが、キャストチェンジとは…。ネット上では、原発事故の後でも来てくれているんだから感謝しろという意見が多いのですが、ボランティアで彼らは来ているのでしょうか?違います。主催者が相応のギャラを払ってビジネスとして来日しているのです。もはや日本のオペラシーンにおいては文化交流の側面が多いわけでもありません。ビジネスです。ですから5万円以上のチケット代を払って観に行っている以上、それ相応のことを求めるのは当たり前です。今回は、主催者は歌劇場よりも、各オペラの主演テノールをメインにして売ってきました。それが全員キャンセルです(リチートラの悲劇もありますが)。当日は招待券が山のようにでていることも知ってましたし、ネット上をちょっと検索するだけで、招待で行って来たという書き込みが多く、そのような人にとっては、来てくれただけでありがたいでしょう。僕も招待で見たのなら、少なくともありがたいと思います。でも僕は正規の価格を払ってますので言わせて頂きたい。このオペラ公演には憤慨しました。これはカルメンではありません。

マルセロアルバレス(ドンホセ)ヴァレンティーナコッツラディティ(ミカエラ)カイルケテルセン(エスカミーリョ)スルグラーゼ(カルメン)という布陣となった。スルグラーゼは、強音を出せる音域がとても狭い。艶やかな声は出せるのだが、強音になるととたんに弱くなる。自分の出せる能力も分かっているから、フレーズの一部だけが強音だったり、何かね穴ぼこだらけの歌手です。作り上げるカルメン像は面白いので女優としては合格なのだが、歌手としては2流である。カルメン歌いでもない。この人こそ、ミカエラでもやればいいのにと思った。魅力的なカルメンの楽曲がすべてつまらなかったし、終幕のドラマは顔では怒った顔をしているが、声が怒ってないのでなんかね。
 リリアスバンチェスでの悪巧みや3幕のカルタのシーンでも5人で唄っていると、フラスキータの方が声が出ていたりするわけで、もう白けることこの上ないのです。
 歌がダメだから、懸命に演技でカバーしようとする。だから大げさな演技になっていく。ああ、これじゃカルメンじゃない。彼女自壊というわけです。ルックス100点、歌30点というカルメンで、このカルメンには最後までカルメンは出てきませんでした。このカルメンをいいという人、知らなさすぎます。
 ただ、スクルラーゼをちょっとだけ擁護するとすると、カルメンというのは本当に難しいオペラだし、カルメンは難しい役柄だということです。例えば、メトロポリタンオペラがヨハンナマイヤーをカルメンにして日本に持って来た。ドイツオペラの最高峰のスターではありますが、ラテンの血を感じさせるカルメンではなかった。ゲルギレフがマリンスキー歌劇場の来日公演で取り上げた。しかし、全員が怒ってる?わけではないけれど、声を出しているだけのカルメンで、これもカルメンとしては魅力がないなあと思った次第。日本では1980年代にロイヤルオペラの来日で、バルツアとカレーラスで上演があった。このカルメンは素晴らしかった。2回見たけれど圧倒的。バルツアはその後、藤原歌劇団でカルメンを唄ったんだけど、もうダメだった。難しいんだなあと思った。このロイヤルオペラの公演以降で、日本でこれは!と思えるカルメンを聴けたのは、2004年に藤原歌劇団がオランジュ音楽祭と共同制作したカルメンで、この時はチョンミンフン指揮、フランス国立フィルハーモニー管弦楽団がピットに入るという豪華版。歌手もドンホセがスコーラだった。カルメンはセメンチュクという人だったけれども中々良かった事を覚えている。この時も実はキャストが3人入れ替わったんだけれど、チョンがきちんと連れて来たんだろうと思う。
 と、記憶を辿っていくと、カルメンを欧米のそこそこいいオペラハウスが来日公演に持ってくる事はないのです。危険すぎるんでしょうね。さて、このボローニャ版、カルメンのいない「カルメン」にも歌手はいました。ミカエラのコッツラディティとドンホセのアルバレスは、細かい事は目をつむりますが、声が出ているしやりたいことも分かります。ただ、アルバレスは役作りが雑。そして、二人ともカルメンが美しくエロ光線を出しているのに対して、ルックスがいま3くらいなんですよ。
 エスカミーリョのカイルケルセンは、ボクサー役で裸もみせなくちゃいけないので、ルックスも合格だし、演技もいいし、歌も声がいいので、いちばんバランスが取れていたと思う。しかし、歌が歌を歌うだけで、歌で演技をしている感じがしないんだよな。何かね、いい声を聞かせてもらったという感じで。そう、演技と歌がバラバラ。ちょっと悪な演技と、超優等生な歌って感じ。
 演出は、1990年代のキューバが舞台となり、タバコ工場は葉巻工場に、フラメンコはサルサに、闘牛士はボクサーに、山賊はボートピープルで脱出する人にと読み替えての上演です。でも、それがただ読み替えただけで、何も現代とつながってこない。何をやりたいのか全く伝わってきません。当日会場に来ていた、新聞で音楽評も書かれる僕の恩師とちょこっと話したんですけど、同意見。
 オケは酷かった。歌手とあってない。オケ自体も統率が取れず、ぐらぐら。マリオッティなる指揮者は遅めのテンポで通すのですが、そのテンポでは勢いでごまかす事ができません。もっと緻密なアンサンブルを聞かせてくれないと、もっと艶やかなフレージングで音を紡いでくれないとと思います。先ずはスコアの縦の音がきちんと揃うように指揮して下さいと申し上げたい。
 私の結論はカルメンを聴く限り、イタリア政府の文化予算カットの流れで、ボローニャは今までいたような一流の指揮者を置く余裕もなくなり、新演出も作れなく、(このカルメンは、ラトビア・オペラの演出の舞台装置を借りての上演。)ただいま急降下中ということだと思います。がっかし。

2011年9月13日 東京文化会館


ヴェルディ作曲「エルナーニ」
来日オペラハウスの初演になる。僕も生で見るのは初めての作品。

 「歌声は満喫。1960年代のような演出に唖然」
 アロニカ(エルナーニ)フロンターリ(ドンカルロ=スペイン国王)。フルラネットら男性陣はイタリアオペラを聴く、声の喜びを与えてくれた。しかし、前から思うのだが日本ではギリシア出身であることなどから第二のマリアカラスなどと持ち上げるテオドッツシュウが、必要以上に多いビブラート、得意不得意の音域があることなど、やはり超一流の歌手とは思えない歌唱でちょっとがっかり。別に彼女は不調というほどではないのではないか?彼女は10年ほど前のフェニーチェ歌劇場来日時の歌唱から4回ほど聞いているがいつもこんなものだから。
 オケは相変わらずだがマリオッティよりは数段良かった。ちゃんとオケがコントロールされ、きちんと合って演奏しているからという決して高いレベルでの評価ではないが。今宵の指揮はパルンボ。演奏直後に会場を離れたが、今宵はアンコール「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗っ て」が唄われたとのこと。
2011年9月25日 東京文化会館

ベルリーニ作曲「清教徒」
藤原歌劇団などで見た事はあるものの、ピンと来なかった作品。最上の上演で自分の中にうまくインプットされるかな?

 「ランカトーレ唯一の欠点に泣く」
 ピューリタン革命時の悲劇を描くベッリーニのオペラ。「カルメン」に比べると天国と地獄ほどの差のある演奏でちょっと安心した。デジレランカトーレはヒロインのエルヴィーラ(輿入れした先よりも若い男がいいと走る)は狂乱の場を初めとして見事な歌唱。ただし、この人、破裂音の低い声になると発声がめちゃくちゃ変わって、そこだけアヒルのような音になってしまう。何とかそこを克服して欲しい。何かいけない地雷を踏んでしまったように興ざめしてしまうポイントだ。ジョルジョ(ニコラウリヴィエーリ)は2幕の最後の二重唱できちんと聞かせ、シラクーザは超名演とは言えないが、安定感のある声を聞かせてくれた。シラクーザの声はしかし特徴がありすぎで、何となくロッシーニにやっぱりあうなと思った。何か声が変なのだ。というより面白い声なのだ。
 清教徒、エルナーニのどちらにも言えるのだが、演出も美術もあまりにも普通過ぎ。どちらもそこそこ奇麗なのだが、それだけ。そして、合唱もソロも、何か立ち止まって客席目線で浪々と唄うだけ。
 イタリアオペラで声を楽しむということに徹すればいいし、それでほぼ満足なのだが、歌劇の劇の部分に関しては、1960年代のそれと変わっていないのではないかと思う。マリオッティの指揮はやはり傷だらけで、オケが合わないのが絶対的にダメで、聞かせようとくっきりずっしりやればやるほど、歌手が濃い表現しすぎなくらいの歌唱をしているので、しつこくもなるのだ。もうすこし、あっさりした方がいい。もしも、歌を聴かせる事で勝負したいと思うのならと思った。
2011年9月24日 東京文化会館
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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