佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 ダンス/バレエ 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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ローランプティ 振付
モーリスジャール 音楽
イブサンローラン 衣装
Dガルフォース指揮 東京ニューシティ管弦楽団

Mアレクサンドロワ/菊池研/中家正博/逸見智彦




「ボリショイの華、アレクサンドロワの圧倒感」
 何しろアレクサンドロワが圧倒的だった。バレエの舞台でこれほど美術も衣装にも凝ったもので素晴らしかった。しかし、期待していたモーリスジャールのオリジナルの音楽も含めて全てはアレクサンドリアが持って行った。
 何しろ彼女は成りきっているのだ。技術も、美貌も、演技力も、この舞台の中で誰も適わない。圧倒的な存在感だ。
 冒頭で群衆のダンスがあるのだが、何か学芸会を見ているような感じがした。誰もパリの人達に見えない。何か「トゥーラントッド」の冒頭かよ!とか思ってしまった。パリよりも北京という感じだ。それは、何か、体操のように見えるのだ。こういう振付けだからこう動いてます!みたいなね。心にパリの、身体に革命前夜の空気が何もないのだ。東京バレエ団の20年前のレベルだなあと思った。
 期待したモーリスジャールの音楽もイマイチ。映画音楽のような物は書かないぞっていう意識が強すぎて彼の良さが出ていない。頼んだ方も、アラビアのロレンス やら ドクトルジバゴ を知って頼んでいるはずなのに。管弦楽は彼が映画のために書いた域内にとどまり、メロディや魅力はそれ以下だった。ひとつ心に残るメロディか何かが欲しかった。菊池研のカジモドは健闘していた。アレクサンドロワが出ていなければ素晴らしかった!と言っただろう。出て来た瞬間にせむし男になっていた。ただね、エスメラルダへの愛情が内省的なものにとどまりすぎていて、もう少し発散させなきゃと思ったです。アレクサンドロワはちゃんと他の出演者に投げかけているし、他のダンサーを受けて踊っているのになあと思った。他の二人のメインのダンサーにも言えるけれど、技術は素晴らしいけれども、今ひとつ演じるというところではアレクサンドロワのすごさから盗んで欲しいなあと思った。演じるとは、演じるのではなく成るものなのです。
2012年2月18日@新国立劇場オペラハウス
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白鳥の湖

音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
演出:ユーリー・グリゴローヴィチ
振付:マリウス・プティパ,レフ・イワノフ
アレクサンドル・ゴールスキー、ユーリー・グリゴローヴィチ
美術:シモン・ヴィルサラーゼ
音楽監督・共同制作:パーヴェル・ソローキン
照明:ミハイル・ソコロフ
指揮:パーヴェル・ソローキン
管弦楽:ボリショイ劇場管弦楽団
オデット/オディール:スヴェトラーナ・ルンキナ
ジークフリート王子:セミョーン・チュージン
王妃 (王子の母):エカテリーナ・バリキナ
悪魔ロットバルト:ウラディスラフ・ラントラートフ



「ソリストの花は大きく開いた」
 すでに10年近くプリンシパルを守っているルンキナは日本の新国立劇場にもたびたび来日しもはやおなじみ。アレクサンドロワでも見たいなあと思ったけれども、彼女のオデットも見た事なかった。ボリショイで白鳥を見るのは、何年ぶり?もしかしたら、1984年に初めて白鳥を舞台で見て以来かも。当時は、ソビエトの大韓航空撃墜事件の直後で、神奈川県民ホールは物々しい雰囲気だった。そのものすごいプレッシャーの中で一糸乱れぬ群舞の見事さに驚いたものだ。見事な様式美。
 前にも書いたけれども今回の来日にはそのような緊張感はない。時おり乱れるアンサンブルはもはやボリショイが世界のトップオブトップではないことを証明した。
 アメリカは分からないけれど、パリオペラ座バレエ、ロイヤルバレエ、東京バレエ団が世界の3大バレエ団ではないか?その次に来るのがボリショイという感じだ。個人的には美貌のダンサーぞろいのミラノスカラ座バレエ団やローザンヌのベジャールバレエ団も好きだけれども。
 ソリストは、華がある人が多く魅力的だった。でも、花形ダンサーは世界中のバレエ団に客演するものだから。彼女彼らよりも僕はやはり群舞でバレエ団を判断してしまう。今回はオケも来日していた。東京フィルの演奏は素晴らしいと思ったけれど、こちらの安定感はスゴかった。

2012年2月9日(マチネ)@東京文化会館




スパルタカス

音楽:アラム・ハチャトゥリアン
振付:ユーリー・グリゴローヴィチ
美術:シモン・ヴィルサラーゼ
音楽監督・共同制作:ゲンナージー・ロジェストヴェンスキー
指揮:パーヴェル・ソローキン
管弦楽:ボリショイ劇場管弦楽団
スパルタクス(剣奴、反乱の指導者):パヴェル・ドミトリチェンコ
クラッスス (ローマ軍の司令官):ユーリー・バラーノフ
フリーギア(スパルタクスの妻):アンナ・ニクーリナ
エギナ(娼婦、クラッススの愛人):マリーヤ・アレクサンドロワ



「ボリショイバレエのいま」
 僕が最初にボリショイバレエを見たのは1983年の9月の来日で神奈川県民ホールだった。生まれて初めての「白鳥の湖」。バレエといえば、ボリショイ!というイメージが何でか分からないけれどあって、大変楽しみにしていたのを覚えている、ところが、当時、大韓航空機撃墜事件があり反ソビエトの空気が物凄いなか、厳戒態勢で行われた公演だった。安いチケットだったけれど、僕はこっそり1階の席に潜り込んでみたはず(今宵は1階前方前から2列目。素晴らしい席だった)。そこには、幻想的な世界があって、チュチュを着ためちゃくちゃ美しい(=哀しい宿命を背負ったような)ロシア美人が一糸乱れぬアンサンブルで踊っていた。機械の様ではないけれども、自らを機械にしようとしていた感じがした。
 当時のソビエトの来日公演には、指揮者や演出、ソリストに、ソビエト政府から与えられた勲章などの呼称がついていた。全ソビエト芸術何とか何とかみたいな。
 当時の僕も、バレエダンサー達が抑圧されている感じがした。自由はない。しかし、そこには何か芯が通っていたのも事実。きっとグリゴローヴィッチ監督の思いのままのバレエを舞台にあげていたのだろう。そこに、ダンサー自らの自主性はあまり求められていなかったのかもしれない。しかし、それは美しかった。
 その後もボリショイは見ている。10年くらい前にも見た。
 で、今回のボリショイを見て、ソビエトが崩壊して20年。本当に変わったなあと思ってしまったのだ。ソビエト時代のボリショイのあのコールドダンスの一糸乱れぬ動きはもうない。例えば、手を上にあげるのも止めも、タイミングが会わないし、フォームも若干違う。いや、振りを間違える人もいる。カーテンコールではおしゃべり。公演中、ダンサー達は自由を満喫し非常に楽しんで踊っているのが分かった。それはいいとして、緊張感は確実に83年のボリショイの方が上だ。
 「スパルタカス」は30年前の来日でもきっと上演されたはず。ボリショイの十八番だ。ソリストは素晴らしい。特にエギナを踊ったアレクサンドロワは、オーラもカリスマ性もある魅力的なダンサーだ。ソリストの個性は素晴らしい。しかし、コールドバレエは昔の方がいいなあとも思ってしまう。戦いの場面に悲壮感がないのだ。
 オーケストラはバレエの伴奏という意味合いでリズムをクリアにしたもので、バレエ公演の時のピットに入る時はこんな感じなんだろうなと。
 いまやコールドバレエは、パリオペラ座や、ロイヤルバレエ、そして、東京バレエ団の方が上だなあ。振付けは30年以上前のもの。ボリショイバレエはもう世界のトップじゃないなと感じた。2012年2月1日@東京文化会館
ジュリエット/リアン・ベンジャミン<英国ロイヤルバレエ> 
ロメオ/セザール・モラレス<英国バーミンガム・ロイヤルバレエ> 
マキューシオ/八幡顕光 ティボルト/輪島拓也 ベンヴォーリオ/菅野英男
振付 : K.マクミラン 音楽 : S.プロコフィエフ 監修 : D.マクミラン
舞台美術・衣裳 : P.アンドリュース 指揮 : 大井 剛史 管弦楽 : 東京フィルハーモニー交響楽団


「日本のバレエ団が克服しなくてはいけないこと」
 プロコフィエフの音楽は昔から好きだった。生の舞台をみたのは5年以上前のこと、ロンドンのロイヤルバレエの公演だった。音楽をきいたのはもう20年以上前、ロンドン交響楽団の来日公演、マイケルティルソントーマスの指揮だったと記憶している。そして、今回はマクラミンの振付け、2人の主役もロイヤルバレエ団とバーミンガムロイヤルバレエ団と本当に英国づくしだなあと思いつつ鑑賞。
 多くの振付け演出作品を見ている訳ではないので、感想ということで書かせてもらうが、マクラミンの振付けはバレエの華麗なテクニックを前面に出すのではなく、このロメオとジュリエットという作品をバレエで表現した時の内面の表現をとても重視した作品に思えた。つまりテクニックが不要とは言わないが、演技力がとても必要とっされているのだ。二人の主役は見事である。リアンベンジャミンは若く純真な14歳の少女の一途の恋心を見事に演じていた。可愛いのだ。セザールモラレルは先日みたバーミンガムロイヤルバレエ団の来日の時とは違って今度は若い青年の思いをうまく表現していた。純粋でそれだけ狂気に近い生き方なのである。技術もあるのだろうけれども、それが前面に出て来ない。対する新国立劇場バレエ団もソリストは十分に対抗していた。例えば、一幕で相手をからかうように踊る男性は誰か分からないのだけれどもテクニックにユーモアもある。例えば2幕の第3場、街の広場で起きる悲劇。ティボルトがさされ、マキューシオも死すシーンでは、ティボルトの福田圭吾は、死ぬ悲壮感がなく体操のような動きだった。一方でティボルト役の輪島拓也は、悔しさや生への渇望を残しつつ死ぬところが見事。それを嘆くキャピレット夫人(?)の湯川麻美子も見事だった。
 3人の娼婦を踊った寺田亜沙子ほかの3人もダイナミズムがあった。問題はコールドバレエや演技力の必要とされる役だと思う。例えば、ロレンス神父の石井四郎は、堂々とした若い二人が命を託す神父には全く見えない。乾物屋の親父くらいにしか見えないのだ。ヴェローナ大公の内藤博も街の権力者として一生懸命手を広げたり演じるのだが、威厳が全くない。まあ、若い人が演じなくてはならない悲劇と言えば悲劇なのだけれど、それだけか。キャピュレット卿を踊った森田健太郎は以前は主役級を踊っていた人だが、今回は踊りよりも演技力の必要とされる役。他の人よりは重心も低く上手く演じているが、きっと世界のトップのカンパニーに入るとヘンテコになってしまうだろう。
 これは、先日観た東京バレエ団の「白鳥の湖」でも感じたことなのだが、バレエの舞台にもっと40代50代の威厳とか重みのある人が立つようにならないと、せっかくのドラマが盛り上がらないと思う。これは日本のバレエ界の大きな欠点だ。
 一方で東京バレエ団が克服したのに対して、新国立劇場バレエ団に残された大きな課題はコールドバレエの水準だと思う。先ずは揃わない。音楽をきちんと聞いているのかと思うくらいに揃わない。これは、カウントで踊る人の悲劇だ。カウントはもちろん大切だが、音楽が身に滲みるほど入っていなくてはならない。何百回も音楽を聴かなくてはいけない。きっとそれをしていない。
 それから、優雅さやエレガンスな身体の動きがない。型をなぞっているけれども、それが動きだけであって、内面から溢れた動きになっていない。これは東京バレエ団ではないことである。今宵のコールドの水準は20年以上前の日本のバレエ団の水準から進歩していないと感じさせた。
 バレエの世界はヨーロッパの世界であり、日本の通常の世界ではあり得ない心や動きが多くある。これを克服する為には欧米での経験が多く必要だと思うのだけれども、そうはいっても無理で、現実には、欧米のバレエ団の公演をどれだけ観たかで決まってしまうのだと思う。東京バレエ団は、世界の超一流のバレエ団を招聘するNBSが積極的にバレエ団の団員に観る機会を与えているし、世界の一級の踊り手と共演することも、毎年のように何ヶ月も欧米での公演を重ねて、欧米の経験、欧米の観客の批評を得てきている。だからか、東京バレエ団のコールドは見事である。
 来年2012年のパリオペラ座のプログラムを見ていたら、来年もパリで6公演を行うようである。きっとまた、ベジャールの作品を持って行くのだろうが、そろそろ欧米の作品を向こうで披露してもいいレベルになっている。東京バレエ団が「ジゼル」や「白鳥の湖」などでどのような評価を得るのか聞きたいものだ。新国立劇場バレエ団はそういう機会がないのが可哀想でならない。優雅さや心からの演技は指導で身に付く物ではない。心から自発的に出て来ないとダメなのだ。
 日本のバレエの踊り手、特に新国立劇場の踊り手は身銭を払って、もっと世界の一流のバレエを観るべきだ。日本のバレエの会場には、この人はバレエはやってないだろうという人ばかりで(自分も含めて)埋め尽くされている。しかし、本当に観なくてはいけないのは、このバレエ団の人達だ。何とか観て欲しい。山ほど!山ほどだ!
それがないと、日本のバレエは東京バレエ団ばかりが先にいって他はおいていかれるだろう。
 最後に、今宵の東京フィルハーモニー管弦楽団の演奏は見事の一言だった。控えめながら曲の急所を決めて行き、微妙に緩急をつけた音楽の流れも、弦のピッチも、とにかくオケが自信に満ちあふれ良くなっていた。歌っていた。
 たとえ舞台が散々だったとしてもオーケストラの演奏をきいているだけで十分満足できる演奏だった。指揮者は全く知らない人なので、休憩中にプログラムを見せてもらったら、大井剛史という1974年生まれの若手で、未だにアマチュアオケも振る人らしい。注目して行きたい。
 
2011年7月1日 新国立劇場オペラバレス
オデット/オディール:小出領子 ジークフリート王子:後藤晴雄
王妃:松浦真理絵 悪魔ロットバルト:柄本武尊 道化:小笠原亮
指揮:井田勝大 演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団


 ロベルトボッレをメインに今回の公演を組み、中日に後藤晴雄と小出領子をメインにしたプログラムを組んだが、ボッレは原発問題で降りてしまう。となると、公演自体のメインはこの中日になってしまった。小出さんのオディール/オデットが今日が初役らしく注目されたのだ。ネットの情報によると実生活でも夫婦らしくそりゃ話題になるよなという感じ。僕が東京バレエ団を観たのは1986年4月の「ザ・カブキ」の初演。東京文化会館に外国人がものすごく多く来てるのに驚いた物だ。ベジャールの全幕物の初演だったので注目されたのだろう。それ以来、東京バレエ団といえば、ベジャール中心にみてきた。僕のイメージはアジアのベジャールバレエ団。
 それが昨年、いわゆるグランドバレエのジャンルに入る「オネーギン」を観た。作品が珍しかった。バレエは世界的に上演される作品は限られているので、今回のがしたら次はいつ観られるのだろうとも思ったわけ。チャイコフスキーの3大バレエ以外の作品ということでも興味があった。これが思いのほか良かった。そして、考えてみたら東京バレエ団は古典も上演しているのに、これはアンバランスだと思って見に行った訳です。
 「白鳥の湖」。最初に観たのは大韓航空機事件があったばかりの1983年の9月。来日中のボリショイバレエ団で初めて見た。まだソビエト時代。グリゴローヴィッチという振付家の下での上演だった。(ちなみに初めてバレエを観たのは高校2年くらいの時で、キエフバレエ。くるみ割り)。いわゆる白いチュチュを着たロシア美女が大挙して黙って躍るわけです。その美しさとエロさに目を奪われたわけです。それ以外に「白鳥の湖」を観たのは限られています。ロイヤルバレエ団の来日公演でシルヴィギエムがオデットを踊ったものを家族で見に行ったし、パリに行った時にガルニエでパリオペラ座のそれを観た。主なものはその3回。あと何回か観ているけれど。それだけ。で、今宵の東京バレエ団。
 思っていたよりも素晴らしかった。東京バレエ団美女が増えたなあという感じ。こんなフェミニンなバレエをこの団体で観た事がないから凄く新鮮だった。第一幕のコールドバレエ団の水準の高さに驚いた。別の公演ではオデットとジークフリートを踊るようなダンサーがコールドバレエを踊っていたりする。高橋竜太とか物凄い技術を持った人が、公演全体を通してコールドバレエしかやってなかったりする。いやあ、その水準にみんな併せようと必死になるわけだ。その上、東京バレエ団は世界中に公演旅行に行っているし、世界的なダンサーと共演する事が日常茶飯事だから、どんどん水準が上がるんだろうね。
 もう重箱の隅をつつくようなことしか見つからない。3幕を中心として良かった。
 2幕で有名な四話の白鳥の踊りなんだけど、今まで観た物ではもっとダイナミックな踊りなんです。頭を下げたり、あげたり、横を向いたり。何かね、ほとんど動かない。それが優雅さとか繊細な表現に見えるのかというとちょっと逃げているような感じがした。その点、そのすぐ後で踊る矢島まいなどが入った三羽の白鳥たちはダイナミズムがあった、小出領子はオディールとオデットの演じ分けが素晴らしく、表情も豊か。もっと身体が柔軟だったらなあとか、冒頭は回転の時にちょっと軸がずれている感じがしたけれども、まあ、素人なんで適当です。小柄ながら素晴らしかった。後藤のジークフリート王子だけれども、まあ世界中の他のジークフリートと同じように、フェミニンな王子なのである。もっと現代的な男っぽいジークフリートを作ってもいいのになと思ってしまう。何か女々しいんです。仕草とか。それがバレエだと言われればそうなんだろうけど。ディズニー映画の「シンデレラ」とか「白雪姫」に出てくる王子さまなんだよね。でもオディール(ブラックスワン)に浮気するわけじゃないですか。何かもっとね、違う人間像を作り出してもいいのになと思ってしまう。
 僕が今宵感心したのは、道化を踊った小笠原亮です。背丈は小さいし、ノーブル感も全くない人なので演じられる役柄は限られているでしょうが、ものすごい技術力と演技力でした。冒頭の着地でちょこっと決まらなかったけれども、あとはもう凄い。1幕も良かったけれども、3幕のナポリでの小笠原の凄さ。止めと動きがピシピシ音が出るように決まり、その鋭さがお見事。他の日には道化を演じる松下裕次のチャルダッシュも良かった。視線まできちんと計算され尽くされていた。スペインでは再び矢島まいが踊り観ていてウキウキする。そして木村和夫と柄本弾が踊ったが、今日は木村の真摯で真面目な踊りが凄かった。柄本さん、ちょっと背が低いし顔がでかいなあと思った。まあこれからスターになる人であることは間違いないけれど。二階堂由衣は素晴らしかったです。
 まあ、いろいろと言いましたが世界水準の踊りです。でもね、ちょっと美術と衣装は頂けなかった。最初の紗幕の絵の酷いこと。書き割り?の下手な事。ロイヤルバレエ団とか素晴らしいです。白鳥はこれからも何回も上演するんだろうからもう少し良い物をと思ってしまう。3幕のシャンデリアとか目に入るとがっかりしてしまう。
 それから衣装。女性のものはまだしも男の衣装の色合いの悪いこと、デザインの陳腐なこと。道化の赤なんか、ダンサーに失礼だと思うくらい安っぽい。
 最後に強いて問題点を言えば、王妃役の松浦さんでしょうか。若すぎる。やっぱりもっと歳をとった、現役時代には大スターだったと風格のある人に演じてもらいたいものです。王妃の優雅さとか演じるんじゃダメなんだと思ったです。湧き出てくる物じゃないと。東京シティフィルは大健闘。
初役を成功させた小出領子。

【第1幕】
家庭教師: 佐藤瑶
パ・ド・トロワ:乾友子、吉川留衣、松下裕次
ワルツ(ソリスト):西村真由美、高木綾、田中結子、加茂雅子、小川ふみ、二階堂由依

【第2幕/第4幕】
四羽の白鳥:高村順子、村上美香、吉川留衣、河合眞里
三羽の白鳥:西村真由美、乾友子、矢島まい

【第3幕】 司会者:宮崎大樹
チャルダッシュ (第1ソリスト):西村真由美-松下裕次
(第2ソリスト):村上美香、岸本夏未、氷室友、岡崎隼也
ナポリ(ソリスト): 河合眞里-小笠原亮
マズルカ(ソリスト): 奈良春夏、田中結子、宮本祐宜、長瀬直義
花嫁候補たち:乾友子、佐伯知香、阪井麻美、渡辺理恵、川島麻実子、大塚怜衣
スペイン:高木綾、矢島まい-木村和夫、柄本弾

2011年6月18日 ゆうぽうと簡易保険ホール

 ロイヤルバレエは何回も見ているが、初めて見る英国バレエ団の永遠の二番手。演目は「真夏の夜の夢」をロイヤルバレエのエトワールだった吉田都で。そして、ダフニスとクロエも楽しみです。
「ダフニスとクロエ」
クロエ(羊飼い):ナターシャ・オートレッド
ダフニス(山羊飼い): ジェイミー・ボンド
リュカイオン(都会から来た人妻):アンブラ・ヴァッロ
ドルコン(牧夫):マシュー・ローレンス

「真夏の夜の夢」
オベロン:セザール・モラレス
タイターニア:吉田 都
パック:アレクサンダー・キャンベル
ボトム:ロバート・パーカー
指揮:フィリップ・エリス (「ダフニスとクロエ」)/ポール・マーフィー (「真夏の夜の夢」)演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
合唱:江東少年少女合唱団 (「真夏の夜の夢」)
◆上演時間◆「ダフニスとクロエ」 15:00 ― 16:00
【休憩】 25分「真夏の夜の夢」16:25-17:20

 先ずはとても楽しかった。ラベルとメンデルスゾーンのおなじみの音楽。そのバレエは両方とも初めて見たのだ。そして、振付は両方ともイギリスバレエ界が心から敬愛するフレデリックアシュトンの見せ場と優雅さとユーモアのあるもの。会場が沸かないはずはない。「ダフニスとクロエ」は美術/舞台装置がピカソの若い頃の絵のような、ちょっとマチスと似ていた時代のピカソの絵の空気を出していた。それがこの幻想的な物語の枠組みを作るのにとても相応しい感じがした。それは、躍っている人達の衣装、特に色使いがとても美しかったのだ。冒頭に男女6人づつで躍るのだが、女性の衣装がパステル調の色なのだが微妙に違って、そのいろの配置が絶妙。覚えておきたかった。一方男性は、カーキ色のチノパンをはかせて、水色がかったシャツ。このダンスのシーンでこりゃいいなと思った。見ていると、アシュトンの振付けが、多くの人に影響を与えたことが良くわかる。あ、この感じは、ベジャールのギリシアの踊りでも見たなとか、マーサグラハム的だなとか思えるのだ。
 最近の日本のオケの質の高さは本当に舌をまくのだが、東京シティフィルはまだまだというのが正直なところ。冒頭などは、楽団!といった感じで、ラヴェルの色気が出て来ない。それでも後半からはなかなか良くなって気にならなくなったけれど。
 しかし、バレエの伴奏は、一時期ロイヤルオペラハウスが低迷していた頃に、ロンドンでみた「ロメオとジュリエット」のバレエで驚いた。本当に酷いオケだったからだ。それと比べると今日の東京シティフィルは悪くなかったけれども。

 満員の観客のお目当ては後半の「真夏の夜の夢」である。そこに、昨年ロイヤルバレエ団を退団した吉田都が出演するからだ。僕は、美しいプリマドンナ。シルヴィギエムなどの名バレエダンサーが山ほどいるのに、なんでこんなに日本で人気が高いのかと思っていたら、数年前に初めてロンドンで吉田都の踊りを見て、すげー!と思った。そして、ロンドンでも物凄い人気だったのだ。
 小柄なのだが、その技術力の高さ、優美さ、絶妙な具合に出してくる。力で攻めるようなことはしない舞台人としての見事さがあるのだ。メンデルスゾーンの音楽で55分間で「真夏の夜の夢」を表現するので、例えば職人などは明確に出て来ない。ハーミア、ライサンダーらの4人の話とタイターニアとボトムのロバとの恋の話が中心になる。
 ここでも吉田都は本当に優美だった。会場中の視線が釘付けになっているのが分かる。このテンションの高さ!そして、パックのアレクサンダーキャンベルも見事な演技力と技術ですごかった。オベロンのセザールモラレスは7月に新国立劇場のバレエでも見る予定なので楽しみだ。
 こちらでも最初のうちオケが気になって仕方なかったが後半からはそこそこ鳴ってくれた。バレエに音楽は大切だなと思った。



2011年5月29日 東京文化会館
【演出・振付】デヴィッド・ビントレー
【作 曲】カール・デイヴィス
【装 置】ディック・バード
【衣 裳】スー・ブレイン
【照 明】マーク・ジョナサン

【指 揮】ポール・マーフィー
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

キャスト アラジン:山本隆之 プリンセス:本島美和 魔術師マグリブ人:マイレン・トレウバエフ ランプの精ジーン:福田圭吾


「21世紀に新しく古典を作るということ」

2010/11はバレエの通し券を買っていて、それでもほとんど全部いけなくてやっと初めてこれたのがこれだ。数年前にロンドンに行った時にロイヤルオペラでかかっていて、へえ「アラジン」かあと思っていたら、新国立劇場でも掛かったのだ。デビッドビントレーという今のバレエ部門の芸術監督はロンドンのサドラーウェールズのトップをやった人だ。せっかくロンドンまでいったら最高のものを見たいと思うからロイヤルオペラ/ロイヤルバレエとなるのだが、一度、サドラーも見た事があってこれが面白かった。そして、今の新国立劇場のバレエの監督としてはなるほど適任者だなとも思う。サドラーは超一流のスターダンサーはいない。そういう人はよそに転出する。技術があっても花がない人とかね。でも、作品の総合力で面白くみせてしまうのだ。
 この「アラジン」というバレエ。現代に作る19世紀的、いや20世紀のハリウッド的古典なのである。下のリンクから音楽をきいてもらいたい。まるでかつての(ウォルトが生きていたころの)ディズニー映画の音楽のような雰囲気だ。そして作曲者も現代音楽の作曲家ではなく、映画音楽などを主に作っている人らしい。
 そしてこれを躍るのに、ベジャールとか、フォーサイスとか、キリアンとか、何かに秀でていなくても、精神性とかがなくてもいいのである。
 地道な基本の総合力で勝負する作品だ。子どもたちをワクワクさせ、ちょっとした現代的のメカを使った仕掛けを入れて、プティパの時代のバレエのように、各国の踊りをいろいろと入れて…とそういう具合。それも、もちろん主役のソロもあるのだけれど、例えば超人的な体力も技術も求めない。それよりも、いろんな人が短い時間頑張ってそれぞれの良いものを出すみたいな。
 現代に作品を生み出す。それも大スターなくして作品を生み出すときに必要なことをこの作品は兼ね備えている。なかなか計算され尽くした作品だ。見ていて悪くない。いや面白かった。
 もっと言うと、観客は、「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割人形」「ジゼル」「ラシルフィールド」「ロミオとジュリエット」「シンデレラ」「バイヤール」ほか古典で完成された素晴らしい作品はホントに少なくてバレエを見る観客はまたこれかあ〜になってしまうのである。そういう時にこういう新しい古典が加わるのは悪くない。ロイヤルバレエで上演した時は主役級の人達はプリンシパルが躍ったのだろうか。ソロダンサーで十分だとも思うのだけれど。
 ひとつ気になるのは、この作品21世紀になって作られた作品なのだが、未だに中東の人たちの表現が前近代的というか、童話的にしか扱っていないのだ。それは何とかして欲しいなあと思った。
 http://www.atre.jp/11aladdin/index.html
2011年5月5日 新国立劇場オペラパレス
 振付 モーリスベジャール

「ダンス・イン・ザ・ミラー」(東京バレエ団初演)

男:木村和夫
ラ・ダンス 現代のためのミサ カンパニー、舞楽: 小笠原亮、高村順子、佐伯知香、長瀬直義、宮本祐宜 メロディーたち 未来のためのミサ、カップル ヘリオガバル:上野水香、柄本弾
パ・ド・シス バロッコ・ベルカント: 小出領子、佐伯知香、田中結子、松下裕次、長瀬直義、宮本祐宜 高橋竜太 扇のパ・ド・トロワ:斎藤友佳理、井脇幸江、吉岡美佳 男性群舞 M:高岸直樹、後藤晴雄、小笠原亮、柄本弾ほか アタック 火の鳥:木村和夫 高橋竜太、松下裕次、氷室友、長瀬直義、梅澤紘貴 西村真由美、佐伯知香、奈良春夏 フィナーレ 未来のためのミサ:カンパニー全員
「チェロのための5つのプレリュード」吉岡美佳、高橋竜太「ボレロ」 後藤晴雄 松下裕次、長瀬直義、宮本祐宜、柄本武尊


 世代交代がすぐに必要な状況を如実に物語っていた公演

 東京バレエ団は間違いなく曲り角を来ている。20年前のこのカンパニーの若手は貧弱だったし、その分、コーラスもイマイチだった。男なら高岸、木村といった人たちがこのカンパニーを引っ張っていた。いまは違う。充実の若手がこのカンパニーの魅力を支えている。それに反して、例えば今宵の木村和夫はどうだったろうか?20年前に踊り出した火の鳥。ベジャールやバレエの魅力に取り憑かれた男のような感じがある。それは欧州のベテランバレエダンサーにも似たような形相で、見ていてちょっと痛々しい。女性のプリンシパルの斎藤、井脇、吉岡といった人たちが自らの肉体と語り合いながら新しい世界を見出しているのに対して、肉体を痛み付け、若い頃の踊りにすごく執着しているような感じがしてしまう。それは、もはや後藤晴雄にもいえて、このカンパニーはこの二人をもっと違うところで起用する形にいますぐ変えるべきではないかと思った。何しろボレロの後藤も彼が十年前にもっていた沸き上がるエネルギーを爆発させて踊るといった感じではない。
 何しろこのカンパニーは面白い人材がいっぱいいる.例えば、高橋竜太の存在はどうだろう。今宵も与えられた役回りで観客をもっていったけれども、もっとセンターで彼を使うべきではないだろうか?ベジャールの承認がなければ踊れないというボレロのメロディであるが、例えば高橋竜太が踊ったらどうだろうと、あの赤いテーブルの下で踊る高橋を見ながら思ってしまった。
 そして、いまや東京バレエ団には柄本兄弟という実力も花もある最終兵器をもっているのだ。柄本兄弟のボレロは見て見たいと思う。それも5年後ではなくできるだけ早いタイミングで見たいと思わせる魅力を備えていた。
 今宵、特に面白かったのは、ダンスインザミラーの冒頭のポップな音楽に併せて踊るラダンス、そして、強力なペアとなった上野水香と柄本弾がアフリカの民族音楽に併せて性の喜びをユーモア交えて踊るヘリオガバル、これは、もう奇跡のカップルといっていい。素晴らしい。柄本弾は由良の介を偶然に見てあれこんなスターがいたんだと思ったら、まだ21才。これから延びて行くんだろうが、非常に商業的にも価値のある逸材だ。日本でギエムと並ぶ名ダンサーの上野と二人で踊るものをもっと見てみたい。そして、扇のパドトロワでの斎藤友佳理、井脇幸江、吉岡美佳による美しく技術を感じさせない超絶な舞。そして、後半にサプライズとして付け足されたチェロである。全体を通して高橋のヒップホップなストリート系の技術を取り入れたダンスは非常にこの作品に魅力を加えていた。
 ボレロは前述のように退屈だった。むしろ、下で踊っている人たちの方が面白かった。高橋竜太は椅子からひとりだけ後藤の踊りを見ていなかった。何かスゴく印象的であった。
 高橋竜太はとにかく天才でユーモアもある日本にはいなかったタイプのダンサー、柄本兄弟はスター性充分な逸材、上野水香は日本人でギェムと並ぶ逸材でありながら日本で踊ってくれているエトワール。そして、驚いたのは出番は少なかったけれどもキング高岸直樹が堂々とその存在感を表していた。彼のすごいところは年齢に逆らっていないところだ。東京バレエ団、早く変化に対応して欲しい。そして、もう一段上に上がってもらいたい。いまやパリオペラ座と並ぶ世界の最高峰名バレエ団になりつつあるからだ。

 東京バレエ団には、いいバレエダンサーがいるのに代替わりがないからか、辞めてしまう。逸材を逃してしまっているのだ。そりゃいい人材は、腐るよなあ。

  シルヴィギエムのような力強い踊りをするエトワール 上野水香
 これからの日本バレエ界のスター 柄本武尊(兄。国立劇場バレエ→東京バレエ団)
ノーブルながらヒップな感覚を持つ柄本弾(弟)
 日本にはいなかったタイプの逸材 高橋竜太

今や世界でも指折りのメロディを踊る上野。そして、ここにいる3人のメロディで「ボレロ」を見て見たいなあ〜。東京バレエ団、いますぐ世代交代を!



2011年2月4日@五反田ゆうぽうと大ホール
東京バレエ団
モーリスベジャール振付

 老いを感じたダンサー達
 


 東京バレエ団の代表作でもあるこの作品を、1993年の初演、2005年の再再演と見て来た。そして、今回も見たのだ。三島の分身を踊る1〜4の4に今回、小林十市さんがキャスティングされたのが話題。モーリスベジャールバレエ団の団員として活躍されたものの、故障で引退。ダンサーとして舞台に立つのは7年半という。その間に、俳優として舞台経験を積んだ。それが、舞台にものすごくプラスの効果を生んだのではないか。ちょっとした視線や表情、身体の使い方で、三島の世界が伝わって来る。初演をどう踊ったのかは覚えていないが、他の3人のようにもっと純粋にダンスだったと思う。
 今回は前から3列目のど真ん中というちょっと贅沢な席でみた。というのも、この演目の鑑賞の総仕上げになると思ったからだ。ベジャールが三島のどこに共鳴したのか、また、作品作りとしてどう工夫したのかといったことが今回は手に取るように分かった。次々と出て来る美島作品のモチーフも今回が一番良く分かったし、聖セバスチャンが、三島のナルシズム的なものの象徴として出て来て、三島の分身がそれを見るところなど、うんうんと思いつつ見たのだ。長瀬さんという若いダンサーが踊ったのだが、これが効果的で、面白かった。それ以外のコーラスのダンサーも若いのだ。それに対して、1〜4のダンサーは初演から17年経っている。それだけ年を取った。きっと40才前後になったダンサーもいるはずで、三島が恰幅自殺したころの年齢に相当近づいたわけで、三島が自分の書いた作品から飛び出て、それらを見ている感じになり、もはや自分にはない若さといったものを見ている姿も面白いのだ。息を切らしている姿も何か効果的で。
 女性ダンサーはますます身体の奇麗な人が増えて、東京バレエ団やるなあという感じ。吉岡、小出などもう貫禄も充分で、それは女であったり、母性的なものに変身したりこれまた効果的。ふむふむと思った。
 初演のころは、1から4まで若すぎて、こういう効果はなかった。肉体を酷使して踊っている感じも今と比べるとなくて、酷使して大変だ〜という今回の方が断然良かった。そう、ビスコンティの「ベニスに死す」の匂いが出ていたのだ。あのダーグボガードのやった男の役を若い男がやったら面白くない、話が成立しないのと同じ。モーリスベジャールが今回の公演をみていたら、とても喜んだのではないか。 2010年12月18日 東京文化会館大ホール 1階3列目
音楽 P チャイコフスキー
振付 J クランコ
出演 後藤晴雄 田中結子 佐伯知香 長瀬直義 ほか
衣装 装置 ユルゲンローゼ

 先日の「ザ・カブキ」の東京バレエ団が素晴らしかったことと。チャイコフスキーの音楽ながらこの演目は見たことが無かったので観に行った。チャイコフスキーのオペラ「エフゲニーオネーギン」のメロディが山ほど出てくるかなと思ったら、ちゃんとバレエ音楽でした。
 さて、今回思ったのは群舞の凄さです。とにかく合う。回転や手のあげ方、顔の方向まできちんと会っているのだ。東京バレエ団のコールドバレエは世界でもトップクラスだろう。このバレエ、良く分からないのだが、超絶技が最初から最後まで立て続けにあるだけでなく、感情表現、つまり芝居もものすごく必要で。そこになると、コールドバレエの人などでは、いわゆる「ザ・御芝居」をしてしまって形だけで勿体ないなあという人もいるのだが、メインのダンサーは演技もしっかりしていて、それも、あまりメランコリックな芝居にせず、最低限に削ぎ落としているから見ていて気持ち悪くない。東京バレエ団は今年海外公演をし、それが700ステージ目になるという。
 文字通り、世界トップのバレエ団の仲間入りをしつつあることを再認識させられた。




2010年5月16日 東京文化会館
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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