佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 ダンス/バレエ 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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振付/ジャンコラリ、ジュールペロー、マリウスプティパ
改訂振付/コンスタンチン・セルゲーエフ
照明/沢田裕二
美術/ヴェチャスラフ・オークネフ
井田勝大・指揮/東京交響楽団

ジゼル:ダリア・クリメントヴァ
アルベルト:ワディム・ムンタギロフ
ミルタ:堀口 純
ハンス:古川和則
クールランド公爵:マイレン・トレウバエフ
バチルド:楠元郁子
村人のパ・ド・ドゥ:寺田亜沙子 江本 拓
ドゥ・ウィリ:丸尾孝子、厚木三杏

日本のバレエカンパニーの力と課題を認識。
10日もしない間に「ジゼル」を再びみるとは不思議である。しかし、ローマと東京で見比べてその違いが明確に浮き上がった。振付けも技術も日本の群舞はローマを超えている。例えば、彼女たちは斜めにきちんとポジションを取り、カウントも音楽もよく聞いてその見事な調和は見ていて感嘆してしまう。ローマだったら、お互いが接触してしまうのではないかと思うくらいの距離感で立ち、踊ることもできる。だから、見ていて美しい。また、20年前のダンサーと違い肉体的な魅力も大いに増した。演技力も見事である。しかし、その魅力は英國やロシアのバレエ団のそれに似ていて、どちらかというと深く内向きで端整でおごそかである。放たれる光のような明るさと生命の悦びに満ちたイタリアのバレエカンパニーとは違うベクトルなのである。私はどちらも評価するのだが、どうだろう。その両方の魅力を兼ねているパリオペラ座の見事さを思い出さずにはいられないなあと思った次第。イングリッシュナショナルバレエの二人のゲストはどうだろうか?主役には、超絶技の技術力で、また、演技や持っている肉体の放つ魅力で、観客を熱狂させねばならない。今宵の二人も悪くはないが、ローマのそれと比べるとあまりに英国的であった。水墨画の魅力よりも、華やかな色を使った油絵の魅力の方が分かりやすいからという具合。
2013年2月22日@新国立劇場オペラパレス
PR


Choreography Carla Fracci
after Jean Coralli, Jules Perrot, Marius Petipa e Anton Dolin
Coreographic Assistant Gillian Whittingham
Conductor Alessandro D’Agostini
Sets Anna Anni
adapted for Caracalla by Dario Gessati
Costumes Anna Anni
Director Beppe Menegatti


Cast
Giselle Oksana Kucheruk (12)
Albrecht Igor Yebra (12)/
Myrtha Dalila Sapori (12)
Hilarion Vito Mazzeo (12)
ORCHESTRA E CORPO DI BALLO DEL TEATRO DELL’OPERA
Production of the Teatro dell’Opera

華の魅力はいろんなものを超越してしまう。
ジゼルの実演はほとんど見ていない。ただ、最初のそれがパリオペラ座の来日公演の見事な公演であった。1970年代半ばのまだ伝説の…といわれるダンサーが現役のころだ。
イタリアのカンパニーのバレエの公演に関して、最初にみた80年代のミラノスカラ座バレエ団の来日公演の印象が強過ぎてポジティブなイメージしかない。美しく華麗な美術と衣装、照明。そして、何よりもダンサーたちが美しく華やいでいる。それは、今回の公演でも同様であった。例えば、群舞では揃わないし、ソリストもミスをどんどんやらかすのであるが、生きる喜び、踊る悦びに満ちたエネルギーがステージから伝わってくるのだ。華がある公演ということであろうか。ロシアやイギリス、そして、日本のカンパニーにはない魅力なのだ。バレエの専門家、評論家がなんというかは知らない。技術的なことを考えるといろんなことが言えるのだろうが、そんなものは生の舞台芸術では言いようもない魅力を放ち観客の熱狂を得て超越してしまうのだ。
2013年2月12日@ローマ歌劇場


 進化する東京バレエ団
東京バレエ団はどこまで進化するのだろうか?ベジャールの振付けもすでに数十年経ったものもあるのにそれに時代を感じさせないのは、このカンパニーが清新な気持ちをもって望んでいるからだと思う。しかし、それを支えるのは肉体である。25年以上このカンパニーを、年に数回であるが見てきている自分としては、ソリストもそうなのだが、やはりコロス、コーラス、群舞、をする一般団員の質があがっていることを指摘したいのだ。例えば、中国の不思議な役人の群舞のキレと揃い方は、このダンスをベジャールバレエ団で見た時以上の緊張感をもって披露してくれる。そこに、小笠原亮の圧倒的な確実な技術に支えられた演技力。物凄い。木村和夫は1986年にはもうソリストとして舞台に立っていたから、もう25年以上踊っているのだが、肉体の衰えは感じさせない。それを今回でこの役を引退するというのだから潔い。世界的にもトップレベルのものから落ちる前に退くのだ。この人の踊りはいつも丁寧で端整な感じを与える。
 ドンジョバンニはなかなか見られない女性のみの踊りであるが、この女性陣たちのレベルも高い。だから、時々身体のポジションを調整しようとすると大きく目立ってしまうのだ。今回はバリエーション2を踊った矢島まいに注目した。女性の踊り手にありがちな悲壮感のない表情。優雅さは特筆ものだ。
 海と青春と生死を感じさせるギリシャの踊りは小出梅沢のパドドゥが物凄く息があっていて素晴らしい。後藤晴雄はどんどん、ジョルジュドンみたいになるなあ。こうして、木村、後藤の20年組の素晴らしさを感じさせてくれたのに、高岸直樹は体調管理に失敗したのか太り過ぎで息をすると腹が膨れたり凹んだり。そして上野をリフトして歩く時には足がふらつくから心配になってしまう。数々の名舞台、名演技を披露してきた高岸自身が自らの今を知っているのだろうが、少々哀しくなった。上野水香はさらっとハザピコを踊っていた。彼女がパートナーの高岸を心配している感じだった。カンパニーのことをもうひとつ。例えば吉田蓮という若いダンサーがいるが、物凄く真面目に踊っていて、その真摯さが伝わってくる。去年、眠りで猫を見せてくれたダンサーだと思うのだが、個性がドカーンと出ていた前の作品と比して今回は大勢のダンサーの一員として踊っている。日本人のダンサーはソリストの魅力も感じているだろうが、そこには常に孤独な戦いがあるわけで、、、みんなでひとつのダンスを造り上げる共同作業の喜びも知っているのだろうと想像した。
2013年1月20日(日)@東京文化会館大ホール

「中国の不思議な役人」
 無頼漢の首領:森川茉央
 第二の無頼漢―娘:小笠原亮
 ジークフリート:柄本弾
 若い男:田中結子
 中国の役人:木村和夫

「ギリシャの踊り」
 ソロ:後藤晴雄
 二人の若者:宮本祐宜、岡崎隼也
 はだしのパ・ド・ドゥ:小出領子、梅澤紘貴
 ハサピコ:上野水香、高岸直樹

「ドン・ジョヴァンニ」  
 ヴァリエーション6:渡辺理恵

2013年1月20日@東京文化会館



メインディッシュはバリの空気だった。
バリ島に旅行した際に生まれて初めてケチャックダンスのライブを見た。ダンサーたちはプロというよりも、昼間の生活と夜のバイトなケチャックダンスという人たちだ。技術的なものよりも一体感が必要なレベルだからそれでいいだろう。それに毎日やっていれば、それなりに巧くなるのも良くわかる。ケチャックダンスはあの有名な群舞だけでなく、それはコーラスのようなもので、メインの芝居をする人たちが別にいて、それは観光客相手ということもあるが、分かりやすくユーモアに富み客いじりもし、仮面やら伝統的な衣装やらいろいろと繰り出してみせてくれた70分だった。向こう側にバリの海とウルワツ寺院を見つつ陽がくれていくなかで見るものでまあ面白かった。ただ、これ劇場で見せられるとどんな感じなるんだろうなあ。分かりやすくいうと、自然という劇場がメインディッシュだった。要は外国のビールはその土地で地元の料理と共に飲むと巧いのと同じ。2012年12月17日@ウルワツ寺院野外劇場 バリ島インドネシア
●海外で活躍する日本人バレエダンサー★

菅野茉里奈★(ベルリン国立バレエ団)/ライナー・クレンシュテッター(ベルリン国立バレエ団)「アダージェット」 振付:R.ツァネラ

佐久間奈緒★(バーミンガム・ロイヤルバレエ団)/厚地康雄(新国立劇場バレエ団)「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」 振付:G.バランシン

菅野真代★(ディアブロ・バレエ)/ローリー・ホーエンスタイン(ジョフリー・バレエ)「Age of Innocence」パ・ド・ドゥ 振付:E.リアン

高橋絵里奈★(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)/ズデネク・コンヴァリーナ(イングリッシュ・ナショナル・バレエ)「ドン・キホーテ」パ・ド・ドゥ

田北志のぶ★(ウクライナ国立バレエ団)「瀕死の白鳥」

藤井美帆★(パリ・オペラ座バレエ団)/ヤニック・ビッタンクール(パリ・オペラ座バレエ団)/グレゴリー・ドミニアク(パリ・オペラ座バレエ団)
「白鳥の湖」より“黒鳥のパ・ド・トロワ”(R.ヌレエフ版)


●新国立劇場バレエ研修所修了生◎
伊藤友季子◎(牧阿佐美バレヱ団、第1期修了生)/中家正博(牧阿佐美バレヱ団)「ロメオとジュリエット」バルコニーのパ・ド・ドゥ(A.M.プリセツキー版)

小野絢子◎(新国立劇場バレエ団、第3期修了生)/八幡顕光◎(新国立劇場バレエ団、第2期修了生)「海賊」パ・ド・ドゥ

本島美和◎(新国立劇場バレエ団、第1期修了生)/マイレン・トレウバエフ(新国立劇場バレエ団)「ライモンダ」パ・ド・ドゥ(牧阿佐美版)


●サンフランシスコ・バレエ学校 Trainees 「Spinae」 振付:M.サッチャー
振付は、自身もサンフランシスコ・バレエ学校出身のマイルズ・サッチャー(Myles Thatcher)。研修生時代から研修公演等で作品を発表している。2012年1月には、サンフランシスコ・バレエ団とサンフランシスコ交響楽団(指揮:マイケル・ティルソン・トーマス)による、ドビュッシー「聖セバスチャンの殉教」の振付を担当した。

●新国立劇場バレエ研修所修了生・研修生 「Triptyque~青春三章~」(トゥリプティーク) 振付:牧阿佐美



「新国立バレエ団のガラ公演の様相」
 吉田都といった大スター以外にも海外で活躍する日本人バレエダンサーはいる。彼女らと新国立バレエ団の日本人プリンシパルを中心としたガラ公演。新国立バレエ団の研修生や修了生の踊りから始まったのだが、これから伸びていくのだろうけれど、踊っているときの身体の芯のようなものがまだ完成されていなくて安定感は他のダンサーと比べると見劣りする。それでも若く踊ることの喜びを一心に踊る姿は好感をもって観客に迎えられた。
 この公演ではさまざまなダンサーの踊りを観ることによって、果たしてダンサーに求められるものは何だろうと考えさせられた。ひとつは技術、ひとつは肉体、ひとつは表現力、ひとつは容姿、そして、何かだと思う。
 日本人のダンサーの踊りをみていると、技術は世界最高峰に近いのだと思う。正確だし安定感もある。しかし、演技力ということになると、イマイチということも少なくない。何かが足りないのだ。
 今宵、見たもので一番面白かったのは、サンフランシスコバレエ学校の生徒のそれだった。

2012年7月22日日曜日@新国立劇場オペラパレス
振付/ケネス・マクミラン
音楽/ジュール・マスネ
美術/ピーター・ファーマー
指揮/マーティン・イェーツ 東京フィルハーモニー交響楽団
マノン:サラ・ウェッブ
デ・グリュー:コナー・ウォルシュ
レスコー:古川和則




「サラウェッブの完成度の高いダンス、そして、ダンサーを観るにつけ」
 完成度の高い上演であった。僕は音楽が好きなので、どうしてもオーケストラの話になってしまうが、正直いって、このマスネの曲はバレエのための曲であり、単独できいたらきっと退屈だろうと思う。それはきっと演奏している側もそうなのだ。それが、やはり日本でトップのオペラ・バレエオケ、東京フィルハーモニー管弦楽団だけあって、素晴らしい演奏を聴かせる。弦、管楽器、そしてバレエだけにとても大切な打楽器も、見事な水準である。10年前のロイヤルオペラのオケに聞かせたい。踊り手に高い踊りでなくては、音楽に負けてしまうと鼓舞させるほどの演奏だ。今夜のバレエの水準を高めた大きな要因である。
 美術も衣装も特に工夫をこらしたというわけではないが、美しく必要なものは全て揃っている。オペラでも演劇でもないバレエの空間を見事に提示した。それも、舞台転換の早いこと。いろいろと考え抜かれたプロの仕事である。
 さて、踊り手では先ずは客演のヒューストンバレエからのサラウェッブが見事である。技術、そして、プリマに必要な華もあり、人生の中での有頂天亜時期から落ちぶれていく様まで見事な演技である。コナーウォルシュの技術、演技力も高く素晴らしかった。二人のパドトゥなど難易度の高いダンスも危なげなく、きちんと演じながら踊ったのは見事だった。
 そして、Mジェロモンのトレウバエフ、レスコーの古川も良かった。前者は演技がよく、後者は技術があった。古川はもう少し背が高かったらトップダンサーになれたろうに、あの背の高さであの跳躍力のある筋肉をつけた肉体だと、太ももが以上に太く見えてしまってずんぐりむっくりになってしまう。可哀想になあと思ってみていた。ソリストやデミソリストはいいのだが、時々、何かやっつけ仕事のコーラスも観られてそれが残念。5年ほど前には消滅したのかと思ったらひょっこり出てきた。
 新国立劇場のバレエ部門は多くの日本人に役柄を与えようと日替わりのキャストが多い。これが良くない。トップダンサーたちが、しのぎを削って少数の役を奪い合って欲しい。それでないと、きっと客演のダンサーに勝てない。
 つまり、今のような日本人キャストABC+客演みたいなキャスティングではなく、日本人キャストVS外国人キャストでいいのだ。そして、あとは、アンダースタディに泣けばいいのである。そうでないと、もっと殺気立った現場にならない。悪平等主義は芸術の発展にとって最も良くないものだ。
 今回の華は圧倒的にサラウェッブ。ひとりだけ飛び抜けていた。

2012年6月26日@新国立劇場オペラパレス
DANCE to the Future 2012 平山素子振付によるトリプル・ビル
「Ag+G」湯川麻美子 寺田亜沙子 益田裕子 奥田花純 五月女 遥 福田圭吾 貝川鐡夫 古川和則 原 健太 八木 進
「Butterfly」丸尾孝子 宝満直也
「兵士の物語」【兵士】八幡顕光【プリンセス】厚地康雄【3人の道化】大和雅美 小口邦明 清水裕三郎【悪魔】山本隆之


1.「Ag+G」新国立劇場バレエ団のための平山素子最新作。変化する銀、交錯する重力、ダンサーの肉体から迸るエネルギーは新たな時空へと向かう。
音楽:笠松泰洋「『Ag+G』for two violins」より、落合敏行
2.「Butterfly」2005年9月の初演以来、再演を重ね絶賛を浴びている男女のデュオ 音楽:マイケル・ナイマン、落合敏行 共同振付:中川賢
3.「兵士の物語」          
2010年12月「ストラヴィンスキー・イブニング」で初演された衝撃作。ピアノ・ヴァイオリン・クラリネット三重奏による上演です。


「この作品が国税で作られている事を意識して」
 出かけてみたら最前列だった。そして、今回は舞台と客席は同じ高さだ。言うまでもなく対峙させられる。ダンスを普段見ているわけではないので、こういう作品をどういう視点で観るのかということから自分と問答する。少ないとはいえ、バレエも観るし、演劇、オペラなどの舞台芸術は多く観るので取っ掛かりはそこになる。
 新国立劇場の踊り手たちの肉体は素晴らしい。そして、その肉体は重力からさえも自由であるかのようだ。ダンスは肉体によって表現されるものだから、それを伝える踊り手がこれだけの技術と、それだけでなくたった2回の公演、中には1度しか踊らないにも関わらずこれだけの集中力と懸命さでその瞬間に取り組む姿勢はプロだということを考えてもそれだけで感動する。
 しかし、だ。平山素子の作品は、それに相応しいほど素晴らしかったのか?
2作目の「バタフライ」は面白かった。見ていて飽きないし、オリジナリティも感じられた。男女のペアの肉体の関係が発展し崩れ動いていく。交差し交わり反駁し合い愛し合う。生の危うさと強さを感じさせる作品だった。ナイマンの音楽も照明も良かった。この作品は、踊り手には高度な技術と集中力を要求するし、作品に自らを捧げることも求められる。それに2人は良く答えていた。宝満には若さがあり繊細でのびやかだ。それに対して丸尾には少々若い溌剌さがないなあと思ったけれども、それは表情を隠してしまうメークにあったのかもしれない。

 しかし、あとの2作品はイマイチであった。

 先ずは1作目「AG+」つまり、銀という意味である。
 舞台には、銀色の鋭角なメタルをイメージさせる衣装、銀色に塗る顔が導入される。こうして、具体的に物理的な銀を導入することの危険性に無頓着すぎないか?
 こうなると、この銀はメタルの銀の世界となってしまう。さらに、そこまで物理的に銀があると、踊りでその銀よりも銀以上のものを見せなくては、衣装とメークに負けてしまう。
 銀というタイトルはいい。とても哲学的だし抽象的にイメージはいろいろと広がる。抽象的な作品を僕は予想していた。
 それが、実際は舞台に、物理的に「銀」が山ほど導入された。こうなると色の銀、メタルの銀に固定されてしまう。
 「銀」というタイトル、そこと直結する衣装とメーク。タイトルは、作品を作る前に決めるわけだから。決めてしまった事はいいこととして、作品を平山が作る時に、その言葉から平山が連想する、感じる自由な、もっというと我々の持つ銀のイメージに寄り添うことなく、広がって作っていけばよかったのだ。
 そこに、ここまで物理的に銀を見せられると、それぞれの観客の持つ銀自体のイメージから離れる事は難しくなってしまう。
 
 ダンス、肉体のモーメント自体も高度な技術であるけれども、そこから自らの衣装、メイク以上に銀を感じさせるものは何もないだろう。
 2つのバイオリンの音楽が流れる中、激しく変わっていく踊り。ソロ、デュオ、全体といろんなタイプの踊りを組み合わせていくのだが、その踊りの技術は素晴らしい。
 でも、そこに物理的な銀でダンサーは埋められる、タイトルもこうあると、何でこの作品が「銀」なのか?となってしまう。
 そうなのだ。我々も自由に作品と向き合えなくなってしまうのだ。タイトルと衣装とメークが、ダンサーと観客の間に大きな壁を作ってしまった。失敗作だ。

 「兵士の物語」はもっといけない。
 ストラヴィンスキーは20世紀の大振付家がその音楽に素晴らしい振付けをすでに施している。そして、ここでは、道化師にいわゆる古いイメージの道化の、悪魔には悪魔の衣装を着せ、男のダンサーにプリンセスとして圧塗りのメークと女装までさせる。こうなると通常のバレエと比較されてしまう。
 なぜなら、バレエをやりますと宣言しているようなものだからだ。
 平山はストラヴィンスキーの作った音楽「兵士の物語」の枠の中で作品作りをしなくてはいけない。
 平山は、「兵士の物語」の作品に沿って、バイオリンや「金のなる本」を出してみせるし、悪魔と交換し、悪魔が女装して兵士のもとに来たりもするのだが、それは、この作品を見るだけでは分からない。見ていると、平山は物語から離れて振りつける部分ばかりには彼女の興味ややる気も感じるのだが、物語部分はソコソコやってるだけで丁寧にやっていないので、物語が伝わって来ないのだ。
 バレエとしてのダンスの見どころを提供してもいないし、「兵士の物語」をもきちんと語っていない。もともとこの作品は踊りだけで見せる難しさがあるからこそ、語り手を導入している。それを省くのなら、きちんとダンスで見せなくてはいけない。これじゃあ、タイトルに「兵士の物語」を冠するのは過ぎるだろう。
 この作品は、「兵士の物語」そのものに、きちんと対峙することなく、他の作品と同じようにただイメージで振付けているような印象をもった。
 作品のへそもないし、登場人物に衣装以上のキャラクターをもって演じさせない。高度な踊りのテクニックを踊り手には要求しているけれども、それが作品の中で生きていない。あれだけ踊らされても何も「兵士の物語」は伝わらない。本質が伝わらないだけでなく、物語の筋も伝わらないのだ。
 踊り手が可哀想だとさえ思った。悪魔をやった山本隆之などは悪魔を踊ろうと、分かりやすい動きをするのだ、しかし、そこから物語がほとんど起こらない。黒い顔、白髪頭、分厚いコート。分かりやすい悪のイメージだけで勝負できるわけない。
 だいたい、そんな古典的なフェアリーテール的アプローチは20世紀の音楽には通用しないことを平山は分かっているのだろうか?
 もっと当たり前の衣装やメークを排して、もっと踊りで見せていくことをしなくてはいけない。衣装やメークはそれを助けるものなのだが、踊りがあって、そこに添えられるものでなくてはならないはずだ。逆ではおかしい。
 繰り返しになるが、センスがないなあと、衣装とメークで思ってしまった。あれじゃ表情は見えない。「AG+」の衣装では踊りがきれいに見えない。「兵士の物語」では、古典バレエのように分かりやすい衣装を着せるだけで何も起きない。平山的アプローチをするのであれば、もっと自由に自分の作品を作るために、そのようなイメージからも自由でなくては作品作りはできないはずだ。何よりも踊り手の表情をしばり、動きがきちんと伝わらない衣装やメークをそのままにしてしまうのは、如何なものか?
 新国立劇場の予定をみると、来年も平山氏の作品を上演する予定があるようだが、新国立劇所は、この若い人物に毎年税金を使って作品を発表する場を提供していくのか?それならば、新国立劇場の予算はもっと行革の対象にならなくてはならない。
 平山氏は国税を使ってではなく他のパフォーマーと同様、自ら上演資金を集め自らのリスクで公演を積み重ねてもらいたい。先ずはそこから初めて欲しいと切に思う。2012年4月22日@新国立劇場中劇場
出演/東山義久/安寿ミラ/岡幸二郎
遠野あすか/舞城のどか/佐野大樹 ほか
脚本・演出 /荻田 浩一 音楽/斉藤恒芳 振付/平山素子/港ゆりか

「東山義久はスゴいのである」
 東山義久の身体能力はものすごい。オーラもスゴい。冒頭から圧倒された。それは車いすに乗り動かないときからも抜群のオーラも発していた。もう何年も前からダンスグループのダイヤモンドドックスの噂は聞いていた。機会があって今回、そのリーダー格の東山義久の出る舞台を観る事ができた。東山と4人のダンサーが出ているのだが、平山素子の素晴らしい振付けもあって、ダンスシーンはものすごく舞台の密度が上がる。冒頭から、ドビッシーの「牧神の午後への前奏曲」が流れ、東山も角をつけていたので、なるほど!と思った、が、この舞台脚本が良くなかった。例えば、バレエリュスという言葉が出てくるが、これが、ロシアバレエのことを意味する事をどれだけの観客が知っているだろうか?フランス語を勉強した人は別として、ね。しかし、それはキーワードなのである。稀代の興行師ディアギレフとニジンスキーの同性愛のことや、ニジンスキーが舞台上でオナニーをして注目を集めたといった下世話なことばかりに焦点が当てられる台本は本当に酷かった。
 そんなのキモイぜよ!
 せっかく東山義久がニジンスキーを演じるのだから、先ずは彼の振付けの代表作である「牧神の午後への前奏曲」を東山に踊らせるべきだし、それ以前のロシアバレエとの違いを明確にするためにも、以前のバレエも東山に踊らせるべきである。
 もちろん平山素子の素晴らしい振付けも面白いし必要なのだが、ニジンスキーに肉迫するためには、ニジンスキーの本質であるダンス革命を「出演者のモノローグで説明するのではなく」見せてしかるべきだろう。それを、普段はクラシックバレエを踊らない東山が踊るから面白いのだ。そして、この男なら踊ってみせるだろう。東山義久にとってもせっかく挑戦する座長興行だ。普段のチームで見せられないものを見事に踊ってみたかったはずだ。ところが、「牧神の午後への前奏曲」のメロディとニジンスキーと同じような半人半獣で角をつけ、有名なポーズまで東山に取らせるのに、その後はモノローグで、振付けの革命を起こしたのです!と台詞でおしまいなのだ。バカか!東山が踊れないと思っているのだろうか?
 踊れる男をキャスティングし稀代のダンサーの自伝を舞台化するのに、ダンスそのものから避けて、なにが「ダンスアクト ニジンスキー」だ。
 キャスティングした他のメインキャストに配慮するためか、不要で退屈な楽曲もダメ。そんな舞台裏の都合を観客の前にさらさないでもらいたい。安寿ミラと岡幸二郎は19世紀の世紀末から20世紀はじめの空気を見事に演じてみせたが、彼らでさえ、唄い始めると舞台の緊張感は途切れてしまう。あんな退屈な歌を岡幸二郎に唄わせる必要はあるのか?2人とも別に歌がなくても納得するはずだ。プロ中のプロの舞台人である。面白い舞台のためには何でもしてくれるはずなのだ。
 それも、岡の唄う歌のメロディはこれまた、バレエリュスで有名なリムスキーコルサコフの「シェラザード」のメロディをメチャクチャにしたものである。
 正直、ボクの方が圧倒的にいい楽曲をかけるなあと思いつつ聞いた。せっかく岡幸二郎のような素晴らしい俳優をキャスティングするのなら、ニジンスキーへの情だけでなく、彼自身の内面の葛藤を表現した台本でないと話にならない。岡の歌がうまい事は誰もが知ってる。歌は唄わせてもディアギレフのことをキチンと描かない台本を岡は喜んだろうか?
 それから、美しくはあるのだが遠野あすかの下手なこと。先ずは息継ぎ。台詞をしゃべる前にイチイチ、口から音を立てて息を吸うから、イチイチそれがマイクにのって大音響で開場に響く。こんな演技の基本中の基本が…。息継ぎが出来ない人だから、台詞の句読点を変なところでいれてしまう。台詞も調子でいうから伝わらない。岡幸二郎や安寿ミラと同じ舞台に出ているから実力の差が出過ぎてしまう。
 台本は、先述した本質に迫らないだけでなく、モノローグで全てを語ってしまう。芝居で見せない。こうした酷い本である上に、バレエリュスとは「ロシアバレエ」とも言わないし、例えば、あんなにいろんなことをモノローグで全部語って処理するのに、1幕の終わり「春の祭典」の音楽は相当長く時間を取って踊っているのに、ディアギレフが20世紀初頭のパリでその「春の祭典」で起こした文化的、芸術的な大騒動のことは全く語らない。
 バレエリュス、ディアギレフと言えば、パリで幕が降りる前から大騒動になった「春の祭典」事件が代名詞のようなものなのに。ストラヴィンスキーの書いたあの原始的な音楽にバレエの振付けがついて、一部の観客が脚を踏み鳴らして抗議したのだ。ああ、あ〜。
 平山素子の振付自体は、初見ながら相当面白い。だから、今月の新国立劇場の公演が楽しみになった。平山がいいこと、東山がすごいことは分かったけれども芝居としては相当酷いので休憩で失礼しました。
 僕が興行師なら、クラシックバレエの「白鳥の湖」のロットバルトに東山をキャスティングするなあ、と思いつつ帰ったのでありました。東山義久はスゴい。テレビや映画に出ていなくても、こういうスゴい人がいるのだ。
 2012年4月2日@天王洲銀河劇場

モナコ公国モンテカルロ・バレエ団 2012年日本公演<Aプロ> 
(「シェエラザード」「ダフニスとクロエ」「アルトロカント1」
「シェエラザード」
振付:ジャン=クリストフ・マイヨー (ミハイル・フォーキンへのオマージュ)
音楽:ニコライ・A. リムスキー=コルサコフ
美術・衣裳:ジェローム・カプラン
舞台装置部分:レオン・バクスト
照明: ドミニク・ドゥリヨ

愛妾ゾベイダ:小池ミモザ
シャリアール王:ガエタン・モルロッティ
シャゼーマン (王弟):レアルト・デュラク
宦官長:ロドルフ・ルカス ほか

「ダフニスとクロエ」
振付:ジャン=クリストフ・マイヨー
装置、ドローイング:エルネスト・ピニョン=エルネスト
衣裳:ジェローム・カプラン
音楽:モーリス・ラヴェル
アンハラ・バルステロス-ジェローン・ヴェルブルジャン
ベルニス・コピエテルス-クリス・ローラント

「アルトロ・カント 1」
振付:ジャン=クリストフ・マイヨー
音楽:クラウディオ・モンテヴェルディ、ビアジオ・マリーニ、ジョバンニ・ジローラモ・カプスベルガー
衣裳:カール・ラガーフェルド
装置デザイン:ロルフ・サックス
照明:ドミニク・ドゥリヨ

◆上演時間◆ 「シェエラザード」19 : 00 - 19 : 40  休憩20分
「ダフニスとクロエ」20 : 00 - 20 : 35  休憩20分
「アルトロ・カント1」20 : 55 - 21 : 35



「マイヨーの仕掛けるバレエリュスからの旅」
 バレエリュスという言葉は前から聞いていたけれど、それがロシアを意味すると知ったのはつい最近。知らずに使っているのは恥ずかしいね。でも20世紀初頭のバレエといえば、ロシアバレエと同義語に近かったはずだから、それでも感覚的に大きく外れていたわけではないなと納得。それもロシアバレエはディアギレフを頂点とした流行があったわけだ。
 チャイコフスキーのロマンチックなバレエだけでなく、ストラヴィンスキーの春の祭典を、パリで上演し観客から激しい拒否を浴びたバレエの熱い時代。僕はそれがなぜか分からないけれども、バレエリュスはモンテカルロに落ち着くとか。良く分からないけれど。僕の持っていたバレエリュスのイメージは1作目の「シェラザード」に色濃く出ていた。前にこのバレエ団が来日した時に観た、「牧神の午後への前奏曲」を観た時にも何かシャガールの緞帳のイメージがして何か遠い1世紀ほど昔と心がつながる経験をした。
 バレエリュスの肝は何だろう。観客の求めるバレエを裏切り続けることじゃないかと思ったりもする。その裏切りは、観客がお金を払って着飾って、人間の肉体の極みと美を観に来て楽しく幕間をおしゃべりとシャンパンで過ごし、ああ楽しい一晩でしたと終わらせない凄みがある。突きつけるのだ。いま自分が観ているものは何だろう。分からない、でも惹かれる。今までとは違う。ああ、知性と感性が引きちぎられる!こういう体験をさせることがバレエリュスの肝ではないかと思うのだ。
 何の根拠もないけどね。
そんなことを感じさせる物語バレエ「シェラザード」のあとの2本は、後者になるに連れて、物語性は失われ、単純にエロチズムとか美しい身体の線と動きとか、そういった従来の自分の経験した感性で観られる作品から遠ざかっていく。面白いなあと思った。
 最後の作品は衣装がカールラガーフェルド。トランスジェンダーな衣装で普通の美意識を根底から揺さぶりかける。美しいが従来のそれとは違う。でもダンサーの動きは魅力的だ。でも、古典のダンスで観て来たそれとも違う。
 マイヨーはそういう旅をこの3作品で観客にさせた。そして、空間を舞台表面からジャンプしてのせいぜい3メートルというのからも解放した。視線は踊りを含めた舞台空間全体に均等に振り向けられ、美しい照明は人間の肉体のモーメントを見事になぞってみせた。こんな美しいバレエの照明はみたことがない。
 常に革新的で分からないけれども魅力的。きっとそれがバレエリュスだろう。
 パリオペラ座やロイヤルバレエ、ボリショイや東京バレエ団を観るときのようにスターダンサーの絶技を観に行くわけはないし、そのようなアイコンもこのバレエ団にはいないけれども、そこにはマイヨーの仕掛けるもっともっと深く幅の広い仕掛けがあった。
 2012年3月7日@東京文化会館

13時開演キャスト
オーロラ姫:佐伯知香 デジレ王子:長瀬直義
リラの精:渡辺理恵 カラボス:矢島まい
カタラビュット(式典長):高橋竜太
王さま:永田雄大 王妃さま:小川ふみ
<プロローグ・第1幕>
乳母:森彩子 優しさの精:村上美香 やんちゃの精:岸本夏未 気前よさの精:大塚怜衣 のんきの精:森志織 度胸の精:阪井麻美
4人の王子:梅澤紘貴、杉山優一、柄本弾、森川茉央
オーロラの友人:上沼千尋、河谷まりあ、飯田鈴実、政本絵美
<第2幕>
宝石の精 金:縫谷美沙 銀:大塚怜衣 ダイヤ:森彩子 サファイア:河谷まりあ フロリナ王女と青い鳥:吉川留衣、梅澤紘貴 白い猫と長靴をはいた猫:森志織、吉田蓮 赤ずきんとおおかみ:阪井麻美、安田峻介 シンデレラとフォーチュン王子:村上美香、杉山優一 白雪姫:上沼千尋

主役の二人

16時開演キャスト(13時と違うキャストのみ記載)
オーロラ姫:二階堂由依 デジーレ王子:柄本弾
カタラビュット:松下裕次 王様:佐藤瑶 王妃:松浦真理絵
4人の王子:梅澤紘貴、永田雄大、杉山優一、森川茉央
オーロラの友人:小川ふみ、上沼千尋、河谷まりあ、政本絵美
<第2幕> 白雪姫:小川ふみ
 主役の二人

「若いダンサーの踊る喜びにあふれた舞台」
 かぶりつきのピット席が何と3000円。90分だというので昼夜行く事に。同じプロダクションのバレエを同じ日に2回も観るという事は今後もないだろう。自分でも驚き。配られた配役表のタイムテーブルをみると開演から終演まで確かに95分であったが、実際は1時間50分かかった。でも全く飽きなかった。同じ作品を2回も見た理由は簡単。配役がダブルだから。見比べてみたかった。
 「眠れる森の美女」というバレエだがそんなに多く観ているわけではない。最初にみたのが1995年ミラノスカラ座バレエ団(確かオペラの来日の前後だったかな?)の初来日(←NBS主催;瀑)。衣装がゴージャスすぎてクラクラした。ゴージャスなのはそのキャスト。何しろオーロラ姫がアレッサンドラフェリ、デジーレ王子がマニュエルルグリ、それに騎士役でロベルトボッレも出ていた。バレエを知らない人でも知ってるスター勢揃い。ああ、スゴかったなあーー。それが初見だからね。それから、10年以上前にロンドンでロイヤルオペラの公演(ロイヤルオペラが改築中の時)で観ている。記憶にあるのはこのくらいだ。まあ、そんな人間の戯れ言として読んでもらいたい。
 今回の公演は子どものためのバレエと副題がついていて、眠れる森の美女のハイライトに加えて、狂言廻し役がつく。それが式典長のカタラビュット。これが良かった。13時の回の高橋竜太はトークも旨い。笑いのポイントも随所に作って子どもも大人も大喜び。16時の松下裕次はコンパクトにやる。語尾の滑舌がちょっと良くないのが残念。僕はこの役にもっと踊るシーンを作ってもらいたかったなあと思ってみた。
 しかし、このプロジェクトは素晴らしい。いくつか理由があるが、ちょっと生真面目に書かせてもらうと…。
 その1、最高でも5000円(大人)2500円(子ども)という低廉な価格で、ファミリー向けのバレエ入門として最適なものに作っていること。これを観てバレエを始める子どももいるだろうし、価格が安いから初めてバレエを観る大人にも非常に受け入れやすい。美術は緞帳から書き割りなんだけれども、それが現代のなんて言うかパソコンで作ったファンタジーのような絵柄でこれが子どもたちにはとても受け入れやすいと思った。
 緞帳
 衣装はチャコットの協力を受けているらしいが、非常に美しい。
上演時間は短いし、分かりやすくするために工夫もしている、2幕の祝宴の踊りには、おとぎ話の登場人物に置き換える、着ぐるみ着用などしている。しかし、踊りはさすがの東京バレエ、いいものを作るということに徹している。
 その2、バレエを始める人が出てくれば、バレエの観客動員は増えるだろうし、バレエ学校の入学者も増えるから主宰のNBSにとってプラス。
 その3、キャスティングを観れば分かるが、バレエ団の若手を次々と抜擢しているので実力を磨くチャンス。ソロを踊って自分を表現するチャンスの増加につながる。バレエ団全体の実力向上につながるはず。
 他にもいろいろとあるだろうが、これはいろんな意味で素晴らしい。好循環が生まれていく可能性があるプロジェクトなのだ。
 書き割りだけのセットだが美しい。
 
 ところで、子どもこそ一番難しい観客である。面白くなければすぐ騒ぐ泣く走り回る。ところが、今日観た2回の公演とも踊りが始まると子どもたちは集中して舞台に見入っていた。大声で騒ぐ子ども、泣く子どもは一人もいなかった。素晴らしい。それは東京バレエ団が子どもだからと手を抜かずに与えられた状況で最高のものを提供しているからだ。もちろん、これが生のオーケストラだったらなあとか思うけれども、先ずは母親と二人の子どもで1万円で観られる!これを維持するためには、音楽が録音でもしかたないだろう。

 本来はこのような公演は税金も投入して運営している新国立劇場バレエ団がやらなくてはならないことである。それを民間の東京バレエ団がやってくれることに謝意を示して欲しい。そして、他のバレエ団にとっても、これがどれほどバレエの未来に大きな意義を持っているかも分かって欲しい。

 出演者についてはカタラビュットについては既に述べたが、それ以外もリラの精の渡辺理恵がノーブルの極地の美しさを披露し観ているだけで嬉しい。何でこの人をもっとでかい役で使わないのかなあ。カラボス(悪い魔法つかい)の矢島まいがやりすぎない演技でとても良かった。この人は欧米人のような恵まれたスタイルの人で、踊りに華があるんだよなあ。もっと、もっと踊りを観たかった。
 長靴をはいた猫の森志織(のんきの精、も)、吉田蓮(1幕では招待客も)も良かった。吉田の跳躍は観ていて気持ちいいし、猫の仕草も丁寧。踊る喜びを舞台に発散させていた。青い鳥のパドドゥの吉川瑠衣と梅沢紘貴も良かった。憂いをもった役作りである。
 主役はちょっと差があった。
 オーロラ姫は、佐伯知香が丁寧に踊っていた。技術がホントにしっかり身に付いている。そのあとの二階堂バージョンと明らかな差になってしまったのが、例の1幕のバラのアダージョのシーン。ここは華麗な曲に乗りながら、4人の求婚者の前でくるくる廻ったり、握手したり、バラをもらったりする、まあそれだけのシーンなのだが、難易度の高いシーンとして有名だ(今だから言える)。僕が最初にこのバレエを観た時に記憶に残ったのがここでもあるのだ。というのも、バラもらったりするだけなのに、会場中からでかい拍手がきた。何で?と考えてみたら確かにスゴいシーンだねと思ったわけ。
 ここは、ハープが流れ、美しいメロディが流れている間、オーロラ姫は4人の王子に支えられながら廻ったりして優雅に踊り、バラの花束を受け取っていく。その時の格好が大変ンなんですよ、オーロラが片足でつま先立ちをしたまま、もう片方の脚は膝を直角に曲げて後ろに出したまま、ぐらぐらしない。顔も笑顔という。。。いわゆる、ポワント・アチチュードを続けるんだけど、特に腕を差し出し4人の王子の手を順に取る動作が見せ場なんですね。それも握手とバラの花をもらうのと2回あるから。すごい格好で微動だにしないだけでも大変なのに、それに加えて腕は動かさなくちゃいけないという、至難中の至難。それを佐伯の方は、アンオーでやった。アンオーというのは、両手を上にあげて丸くする奴です。それを、いちいちアンオーから握手、アンオーから握手って、もうこれスゴいんですよ。子どもなんか観たって分かんないのに、偉いなあ。
 それがね、二階堂さんの方は、もう求婚者の手から離れるだけでもつらそうで、はい、つぎ!はい、次!って辛そうだった。 佐伯とペアを組む長瀬直義もピケターン(廻りながら移動するやつ)、グランジュデ(脚を拡げてジャンプするやつ)、あとなんて言うか分かんないけど熊川哲也でおなじみのジャンプしながら回転し舞台を一回りするやつ。全部お見事。例えば、ピケターンなんかでは、加速度をつけてくれるわけ。これが観ている側は興奮するんだよなあ。長瀬はノーブルな感じだし腐女子の人気があるのが分かる。
 柄本、二階堂組について書かせてもらうと。二階堂さんは佐伯さんよりも恵まれた体つきをもっている。スタイルが抜群なのだ。日本人離れというか人間離れしている。顔小さすぎ!美しい手足長過ぎ!というくらいのもので、それはこの世のものとは思えないくらい美しい。そして、柔らかくしなやかな肉体、優雅でダイナミックな動き。こうした天賦の才を持っている。ロンデジャンプ(脚を上まであげるやつ)グランパドゥシャ(開脚ジャンプ)なんかホントに美しい。優美でねえ。ぜひ、もっと精進して技術を向上してもらいたいなあと思うのだ。
 彼女を最初にみたのは、東京バレエ団の代表作である「ザ・カブキ」。それは、このブログにも書いてあるから読んで欲しい。その時も相手役というか、由良介という主役をやっていたのが、20歳になったかならないかの柄本弾だ。この人を最初に観た時に、先に書いたミラノスカラ座バレエ団で観たロベルトボッレを思い出した。日本人離れした風貌に放つオーラはスターの素質抜群。今回も踊ることを心底愛しているのが分かった。特に音楽を良く聴いている。イチイチ音楽と肉体がシンクロし決まっていく。キメキメに決めていく。これはスゴい。観ている方は気持ちがいい。しかし、例えば長瀬が見せてくれるピケターンの加速度はない。フェッテアラセンアゴール(脚出しながらくるくる回る奴)もね(笑)。柄本ってジャンプ力はあるし華もあるし、何だろうなあ、ジョルジュドンとか、ジルロマンとかが取り憑かれた様に踊る感じをもってもらいたいなあ…と、日本なら後藤晴雄が時おりそんな感じである。
 東京バレエ団の若手のダンサーをあのミラノスカラ座バレエ団の来日公演の時の印象と比べているわけで、でも東京バレエ団はもはや世界のトップクラスのバレエ団なんで、よろしくお願いします。すいません、俺バレエオタクでないので、専門用語なんかは、調べながら書いたので間違ってたらごめんさい。
 2012年3月3日@目黒パーシモンホール
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