佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 新国立劇場オペラ2010/11シーズン 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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新国立劇場2010/11シーズン
新国立劇場オペラパラス


 リヒャルトシュトラウス作曲「アラべラ」
 ウルフシルマー指揮

 かつてサバリッシュ指揮 バイエルン州立歌劇場来日公演できいたことがある作品だが、正直いって、まだRシュトラウスの作品の面白さが良く分からない時代でぴんとこなかった。その後、Rシュトラウスは好きになったのだが、この作品は今回もそのレベルで終わってしまった。作品の肝をつかめないのだ。もちろんウルフシルマーという実力者が指揮するピットから聞こえてくる音楽がかつての日本のオケのレベルでは出し得ないつややかなものであることや、外国人歌手に比較して日本人歌手の歌唱はすばらしこと、しかし、その演技は説明的すぎて学芸会レベル以下であることは分かる。しかし、それだけで、肝心なこのオペラの作品として、音楽として全体をとらえることができなかい。大人の男女の恋愛の機微を歌っているように思うのだが。ちょっと残念。他の言い方をすると、今宵の音楽は僕にこの作品にのめり込ませてくれなかったということでもある。
2010年10月8日 新国立劇場オペラパレス 

ワーグナー作曲「トリスタンとイゾルデ」
【指 揮】大野和士
【演 出】デイヴィッド・マクヴィカー
【美術・衣裳】ロバート・ジョーンズ
【照 明】ポール・コンスタブル
【振 付】アンドリュー・ジョージ
【トリスタン】ステファン・グールド
【マルケ王】ギド・イェンティンス
【イゾルデ】イレーネ・テオリン
【クルヴェナール】ユッカ・ラジライネン
【メロート】星野 淳
【ブランゲーネ】エレナ・ツィトコーワ
 新国立劇場合唱団/東京フィルハーモニー交響楽団

「世界最高水準のワーグナー上演」
 期待を何倍も上回る結果に感動した。最初の一音から今宵の東フィルはやるぞ〜と身震いしたのだが、その通りだった。あの弦の音は本当に東フィル?と思えるような重厚で深い音。ピチカートの入り方とか、スゴいんだよなあ。時々金管が綱渡り状態になるけれども、何かさ、スゴい。
 大野のオペラの指揮をきいたのは何年ぶりだろう?最初にきいたのは、ハンブルグ歌劇場の来日公演の「リゴレット」だったと思うのだけれど。もう10年以上前のことだ。大野の指揮は細かく明確でありゃオケをぐいぐい引っ張るよなあという感想。東フィルはいいけど、ワーグナーやシュトラウスは?と言われないなあ。これだけの演奏をするのであれば。世界の一級クラスの演奏でした。
 大野のトリスタンは今年の4月24日のメトロポリタンオペラのそれを聞き逃していたけれど、ニューヨークでの演奏はどうだったんだろうととても気になるくらいに素晴らしかったです。
 こうなると、歌手陣も手を抜けません。何しろ、東京のできて10年ちょいのオペラハウスでこんな音で来られちゃ。グールドもテオリンもツイトコーワも、もちろんマルケ王も素晴らしい。星野さん、悪くないけど、ちょっと損するなあこの布陣の中じゃ。他の日本人は、まあ、予想の範疇でしたけれども、10人出てきた上半身裸の船員チームとともに、演技が下手すぎる。船員チームは集中力がなく、余計なところで小芝居して作品を壊していた。良かったのは最後の徐々に退場していくところのみ。あとは、酷い。酷すぎる。動くなそこ、集中しろ!と言いたくなったなあ。
 それと同じで、メロートはまだしも、他の日本人のキャストは、何か卑屈な東洋人というステレオタイプの感じで、何かね。違うんです。
 合唱も含めて歌唱が世界レベルだったから、普段は気にならないこういった脇役などの演技や舞台の立ち方のヘタクソぶり、知らなさぶりが目だったのでした。
 演出は素晴らしい。照明、美術、衣装も含めて、ロマンチック!のひと言に尽きるのだけれど、ここまで透徹して美しい舞台ってのは、世界でも珍しいのではないか?僕は半分以上寝た、ウィーン国立歌劇場の1986年の公演(指揮ホルライザー)で、また2001年(指揮 ビシュコフ)にウィーンでも見た、美しい  の演出と並ぶくらいに素晴らしいそれで。前回見た2008年のビシュコフ指揮、ピーターセラーズ演出、パリオペラ座の来日公演のビデオ投影しまくりの「トリスタンとイゾルデ」も、バイエルンオペラのコンベンチュニーの演出も、ベルリン国立オペラのクッファーの演出も、アバドが指揮して、ベルリンフィルがピットに入ったザルツブルグイースター音楽祭来日バージョンのそれも上回った感がある。
 大きな月が登って沈むまでの流れの中で、月はいろんな色に変化し、舞台上に貼られた水に浮かび。。二幕のオベリスクのような塔の廻りのうねりのようなものも、たいまつも、まあ、とにかく美しくロマンチックで、関係性は分かりやすく、音楽に集中できるようなプロダクションだったのです。
 すっかり満足。すごいぞ、新国立劇場!と思った公演でした。きっと今年最後の舞台芸術鑑賞となると思うのですが、すっかり満腹満足した。


 2010年12月25日 新国立劇場オペラパレス


モーツアルト「コジ・ファン・トゥッテ」
指揮:ミゲルゴメル=マルティネス 演出:ダミアーノ・ミキエレット
合唱:新国立劇場合唱団 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

§キャスト§
【フィオルディリージ】マリア・ルイジア・ボルシ
【ドラベッラ】ダニエラ・ピーニ
【デスピーナ】タリア・オール
【フェルランド】グレゴリー・ウォーレン
【グリエルモ】アドリアン・エレート
【ドン・アルフォンソ】ローマン・トレーケル


 「世界に誇れる素晴らしいプロダクション」

 年末の「トリスタンとイゾルデ」ですっかり新国立劇場のオペラを見直した僕は新国のオペラを楽しみにしていた。ところが、震災の影響で「バラの騎士」など2本を観られなかった。まあ、中途半端な体制で上演されるよりはいいやと思っていた。実はこの「コジ」も指揮者に加えてソリスト6人のうち3人までもが降板する事態となっての上演だったので、キャンセルになっても構わないと思っていたものだ。だいたい「コジ」はつまらないとたまらない。3時間半の上演時間。本当に地獄のような苦しみとなる。それに、僕はもう素晴らしい演出を何本も観てきた。このブログでも紹介したが、2年前のザルツブルグ音楽祭のモダンな演出、その前年にはウィーン国立歌劇場来日公演の美しいプロダクション。さらに、80年代には、キリテカナワなどの黄金キャストによるロイヤルオペラのきらめくような来日公演、バイエルン国立歌劇場の来日でもサバリッシュ指揮によるアンサンブル上演のすばらしさも知っている。あと、メトロポリタンオペラや、小沢征爾のプロダクションもあったかな。何本か退屈なそれを観たけれども、地獄だった。
 それでも出かけたのはこの日は特等席を確保していたこともあるが、ダミアーノ・ミキエレットの演出、パオロファンティンの美術と衣装を楽しみにしていたからだ。
 ところが、序曲が始まったとたん、あれ、これ良いかも?と思ったのだ。東京フィルはこのブログで何回も書いたけれども、本当にこの10年で素晴らしくなり、見事な演奏をする。それでも、ワーグナー、Rシュトラウス、モーツアルトはなあと思っていたのだが、昨年暮れに、ワーグナーで見事なトリスタンを大野和士と演奏し、チョンミンフン指揮では昨年11月の定期公演で愛らしいモーツアルトの交響曲を披露していた。東フィルやるなあ!である。でも、そんな素晴らしい演奏は、両方とも世界でもトップクラスの指揮者だからなし得たのかもしれないぞと思った。今日のマルティネスという指揮者はイタリアものを指揮するスペイン人だそうだ。これからの人だろう。少なくとも前述の評価の定まった一流どころではない。ところが、この日も良かったのだ。先ずはオケのピッチがあっていた。フレージング、鳴らし方。とてもモーツアルトだったのだ。
 そして、降板して代役にたった歌手も特にフィオルディリージのボルシを始め見事な歌唱と演技を見せた。演出は予想通りに楽しく、ユーモアに富み、時代や場所は全く違うが、ダ・ポンテとモーツアルトの作品の本質を少しも揺るがす事なく表現したのだ。デズピーナの磁石が、心臓マッサージ用の電気ショック、仕事場はキャンプ場のbar。ドンアルフォンソはキャンプ場のオーナー。二幕以降にキャンピングカーの上に枝が乗り、ふくろうの剥製が乗っかっていたのはなんでか分からないけれどもね。
 いわゆる今風のギャルも出てきて楽しかったな。
 読み替えの演出もこれなら大成功。それも古めかしい演出でなく楽しい。
 新国立劇場のオペラは世界に紹介して何ら恥ずかしくない素晴らしい水準に達した。演出、出演する歌手、合唱、オケ、美術衣装など総合的に世界水準だ。
 6万円も出して来日中のメトロポリタンオペラを見に行って、こちらを観ないというのは、包装紙さえ良ければ中身はどうでもいいという人の選択。本当の通は、どちらも喜んでみられるはずだ。このプロダクション、日本のオペラファンとして大切にし、何回も再演してもらいたいと思わずにいられない。
2011年6月5日 新国立劇場オペラパレス


プッチーニ「蝶々夫人」
【指 揮】イヴ・アベル 【演 出】栗山民也 【美 術】島 次郎
キャスト
【蝶々夫人】オルガ・グリャコヴァ 【ピンカートン】ゾラン・トドロヴィッチ
【シャープレス】甲斐栄次郎 【スズキ】大林智子 【ゴロー】高橋 淳 
【合 唱】新国立劇場合唱団【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

「日本美にあふれた素晴らしい名舞台」
 蝶々夫人はプッチーニの名作でありながら上演機会はそれほど多くない。日本国内では上演される事は少なくないが決していいものばかりでないと記憶する。僕の記憶に残るものは、サントリーホールの開館記念の時に、ジョゼッペシノポリとフィルハーモニア管弦楽団で演奏会形式で上演されたもの。80年代の終わりに初めてミラノスカラ座に出かけた時にみた浅利慶太演出でネロサンティ指揮のそれ。その舞台をそのまま借りてきた小沢征爾指揮で新日本フィルの上演。シドニーに仕事に行った時にあのシドニーのオペラハウスで水面を張ったプロダクションを観た、それは、すごく違和感が残ったのを覚えている。
 浅利慶太の演出は素晴らしい物で、開場時間中に木と畳と障子の家が建てられて行く。石でできた西洋の建物と完全に違う事を開場時間中に示してしまう。素晴らしい物だった。今回の演出 栗山民也、美術 島次郎の舞台は、よく観ると能舞台のようなしつらえになっている。美術はシンプルで、人の動きも最小限に制約され、時に文楽の人形かと思うくらい気持ちがわずかの動きで伝わってくる。だからといって、それを公演全体に無理矢理押し通そうともしない。あるべきものはすべてあり、無くていいものは徹底的にそぎ落としているから音楽とドラマに集中できるのだ。
 特に後半、蝶々さん、スズキ、ケートが3人になるところなど人の配置だけでこれだけ効果が出るのかと感心してしまった。
 これが主役3人の素晴らしい歌唱(スズキの大林も素晴らしかった)と、東京フィルの見事な演奏があるのだから名舞台にならないはずがない。世界に通用する素晴らしいプロダクションだ。特に東京フィルの充実した演奏は、美しく艶やかで語るような弦、決して咆哮しないブルージーな管楽器、内面の思いが時に爆発する時にも抑制がされ、見事に美しい。来日しているメトロポリタンオペラ管弦楽団に劣らない世界でもトップクラスのピットだ。もうこのオケに新国立劇場管弦楽団の名称を与えるべきだと思うのだが如何だろう。
 日曜日の午後に心にしみいる名舞台をみることができたことに感謝している。




 2011年6月12日 新国立劇場オペラパレス

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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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