佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 新国立劇場 パーマ屋すみれ 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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鄭義信 作・演出
南 果歩  根岸季衣  久保酎吉  森下能幸  青山達三  松重 豊
酒向 芳  星野園美  森田甘路  長本批呂士  朴 勝哲  石橋徹郎


「詩情あふるる人間哀讃歌を堪能」
 日本は絆ブームである。しかし、瓦礫処理ひとつとってみても、その絆は見せかけの欺瞞に彩られた絆でしかないことに気づいていないものは、ある意味幸せものだ。永田町の政治ゲームを批判する多くの国民は、それが自らの縮図でもあることになぜ気がつかないのだろう。
 鄭義信の新作の舞台は昭和40年代の初め。日本が高度成長経済に邁進し始めた頃の忘れられた、時代に捨てられようとしている炭坑街を舞台にしている。在日や帰化組、障害者、決して経済的には強くない人たちの街は、命を賭して日本の底辺を支えていたが、戦争で亡くなった人達を同じように用がなくなれば捨てられる人達だ。タイトルにもある主人公スミレは、そんな炭坑街の貧乏な住民たちに普通に散髪代を請求できない事も多い、美容院ではなく散髪屋の女である。タイトルが、パーマ屋スミレとは彼女の夢は炭坑街からいつか抜け出て、散髪屋ではなくパーマ屋を開く事から来ている。汗と養豚の匂いのする店でなく香水のいい香りのする店を開く事なのである。そして、その夢は夢のまま終わる。そんな彼女の人生を俯瞰しながら物語は進む。
 しかし、この芝居はスミレだけのものではない。ここにはいろんな矛盾と挫折とを抱えながら人生を歩む人達が登場する。登場するほとんどの人に善良な部分だけでなくそれぞれに弱さと仕方のない悪い部分と矛盾をきちんと描く。そして、時に対立するが、ある部分で受け入れ認め合い肩を寄せ合って生きている。そして、それぞれがほのかな夢を抱いて生きている。しかし、そんなはかない夢も全てもぎ取られ砕かれていく。
 物語を振り返る存在として登場する狂言廻しは、そんな人生をも、大きな意味で肯定していく。ここには、絆なんてきれいな言葉では言い切れない人間の絆が、決してハリウッド的なアメリカンドリーム、ロッキーのような世界は全くなく提示されるのだ。
 それはむしろフェリーニの作品に共通する人間観があるようにも思う。鄭の登場人物への深い愛情が溢れているからだ。しかし、それはフェリーニのような人間讃歌ではなく、人間哀歌(エレジー)として書かれる。しかし、これが「アイゴー〜」とただ泣いているわけでもない、根底に流れるものは、そんな人間へもどこかポジティブに捉えるのだ。だから、僕は哀讃歌とでもいいたい。
 観客は適度な距離感を持ち、この芝居を見るだろう。のめり込みすぎたら辛い、鄭は観客がこの作品から目を背けるようなところまでは書かない。しかし、この芝居は劇場を出ても観客の腹の底にこっそりとどっしり居場所を作って、ふとした時に観客の人生に顔を出すだろう。
 いつものように鄭は在日の存在を描く。そして、それらが抱える問題を日本や日本社会だけに全て押し付けるような分かりやすい物語を書かない。もっと、人間のど真ん中を描く。それは人間の存在がMORTALであることだ。ここもかつての昭和の作家と違うところだろう。
 それが「パーマ屋スミレ」を今年屈指の作品にしたのではないか。
 俳優は南果歩が圧倒的だ。もちろん根岸季衣や久保耐吉、オカマのデザイナー志望を演じた森田甘路など、どの役者陣も素晴らしいのだが、南は今までのイメージをかなぐり捨て女優としての勝負作としてこの作品に対峙している。そういう意味で迫力が違うのだ。
 美術は、鄭義信が椿組の野外芝居でやってきた開放感がここにはある。さらに、物語の設定や例えば、狂言回しの置き方、今回は青山達三が演じた男のように物語の外周にいながら重要な男の描き方等も椿組で鄭が書いた作品に相通じるものがある。
 この作品は素晴らしい。が、決してこの1作で生まれたものでなく、多くの作品を必死に鄭が書いて来たその結果生みだす事ができたのだ。そういう意味で、劇作をする自分にとっても大きな教えと励みになった。2012年3月23日@新国立劇場小劇場
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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