佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 東京都交響楽団/エリアフインバル 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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指揮:エリアフ・インバル
メゾソプラノ:イリス・フェルミリオン
テノール:ロバート・ギャンビル
マーラー:亡き子をしのぶ歌 /交響曲「大地の歌」


「死後100年でシオニズムから解放されたマーラー演奏の新たな到達点」
 15年以上聞いて来なかった東京都交響楽団。最近の評判があまりにもいいので、プリンシパルコンダクターインバルとの演奏に出かけた。驚愕した。2012年。マーラーの死後101年で、この作曲家の現代に生きる人類のためのシンフォニーはアジアの片隅でやっとシオニズムから解放されて音楽本来の魅力に溢れたものとなっていた。
 私は過去30年以上素晴らしいマーラー演奏をきいてきた。
 もちろん最初は録音である。
「大地の歌」を小生が最初にディスクで聞いたのはバーンスタイン/ウィーンフィルのFディスカウが唄う名盤で出会った。東京は練馬区大泉学園の自宅から、自転車で高校1年の頃、家から一番近かった、石神井公園の図書館まで自転車を走らせて借りた。LPレコードだった。最初のトランペットの咆哮を聞いた時に打ちのめされた。そして、ブルーノワルターのニューヨークフィルとのステレオ録音、これらの演奏が余りにも素晴らしく、普段は手を出さないモノラル録音まで手をだした。それは、ワルターのモノラル録音の名盤。カスリーンフェリアーを独唱に迎えてのウィーンフィルとの古い録音だ。もうこの曲の演奏は、これらの名演奏を頂点としたピラミッドの中で評価するしかなかった。
 これは僕だけの評価軸ではなく世界の一致した見解だ。マーラーと深い親交のあったブルーノワルター。マーラールネサンスと言われる時代が来るまでマーラーの伝道者であった。そして、ワルターの愛弟子であるバーンスタイン。この2人のユダヤ人によってマーラー演奏の規範は欧米に確立された。
 そして、生演奏も素晴らしいものをどれだけ聞いただろう。
 バーンスタイン/イスラエルフィルの伝説のマーラー9番。ドイツグラモフォンのライブ録音として名盤の誉れ高い3番は、バーンスタイン/ニューヨークフィルの録音された演奏をアビリーフィッシャーホールできいていた。マーラー演奏の規範となったショルティ/シカゴ交響楽団の5番。5番なら、シノーポリ/フィルハーモニア管弦楽団のサントリーホール開場記念の名演も忘れがたい。シカゴ響なら先年ハイティンクとの6番も素晴らしかった。他にもアバド/ベルリンフィル、さまざまな指揮者でのウィーンフィルのマーラー。テンシュテット/ロンドンフィル、ベルティーニ/ケルン放送響、若杉弘、マゼール、シャーイー、メータ、バレンボイム、ヤンソンス…。キラ星のような指揮者とオーケストラの忘れがたい名演をきいてきた。
 これらはマーラーの死後、すぐに始まる人類の悲劇。つまり、欧州を中心とする2回の大戦とユダヤ人迫害。そして、イスラエルを中心とした流血の日々の影がいつもつきまとうものである。
 それは昨年末演奏されたN響/デュトワの第8番の「千人の交響曲」でも同じだった。これも見事な演奏であった。従来のユダヤの悲劇が色濃くでていた。
 今でさえ、マーラーはユダヤ人の作曲家として、常にワーグナーやリヒャルトシュトラウスの作品と常に比較しながら語られる。しかし、今宵の都響の演奏はユダヤ人の歴史とのかかわり合いが少ないアジアのオケだからこそできるこうしたシオニズムの影から解放された名演だった。それは楽曲、そのものの美しさで彩られていた。
 マーラーのスコアには既にユダヤの、シオニズムのメロディが色濃くでている。大地の歌はいわゆる欧米の中国メロディが次々と登場するが、それもユダヤ的にフィルターがかかって誕生したものだ。それなのに、欧米の楽団の演奏は、それだけでない日本のオーケストラのマーラー演奏でも、マーラーのスコアの上に、演奏でシオニズムの小節をこれでもかと上塗りする。輪郭をくっきり出すことに固執してきた。
 だから、今宵の都響のマーラー演奏で明らかになった、スコアの美しいピアニシモ、そこでふわっと拡がっていくマーラーの宇宙的な美しさ、普遍の美しさといったことが大編成で奏でられるマーラーの小節とオケの怒鳴り声にかき消されてきた。
 今宵の都響。まるで老境の哲学者が静かに思索するようにマーラーの美しいスコアが提示されるではないか!マーラーの宇宙観や心の揺らぎを叫びではなくピアニシモの中に室内楽的に広がるサウンドで聞かせてくれたではないか!
 都響は見事であった。「大地の歌」では、いつもの欧米のオケのマーラー演奏とおなじくらいに増強された大編成にも関わらず、例えば弦のセクションは見事に透徹された一つの音の美学に向かって全員の方向性が一致し、まるで一人で弾いているような音になる。東京カルテットがその最上級の演奏をするときのような音なのだ。それが、各声部と有機的に絡み轟き合うからスゴい。そこに管楽器、打楽器が丁寧に丁寧に加わっていく。
 インバルと都響のマーラーはもう20年近く前に新宿文化センターの開場何周年かの記念演奏会で8番を聞いただけであるが、全く演奏技術のレベルが違う。見事、まさに見事なのである。

 インバルはイスラエル生まれのマーラーを特にレパートリーとする70代後半の指揮者である。きっとこの老マエストロにとっても都響とのマーラーは特別なものだろう。つまり、彼がポストを持っているフランクすると放送響とでは、ユダヤ人に対する加害者としての、チャコフィルならユダヤ迫害の目撃者、迫害に加わったものとしてのマーラー演奏から避けられない。都響もそうした演奏をしてきたのだろう。ベルティーニやインバルとマーラーのシンフォニーの全曲をそれこそ繰り返し繰り返し演奏してきた。インバルも各オケと演奏してきた。

 そして、何回ものマーラーとの対峙、マーラーの交響曲を透徹する旅路の末に今宵の演奏と出会ったのだ。アジアの日本人の日本文化の影響で育ったメンバーがほとんどの都響と新しい演奏の立ち位置にたどり着いたのだ。フランクフルト放送響ともチェコフィルとも違う新たな立ち位置である。
 都響がアジアでマーラーを多数演奏してきたオケであり、それが、新たなチクルスを目前にして、インバルという人生をかけてマーラーを探求してきた指揮者と出会ったからこそ到達したマーラー像だ。
 アジアの東京でシオニズムの小節をことさらに上塗りするのではなく、音楽家マーラーのスコアから浮かびあがる世界観を大切にした、新しい最上級の演奏だ。きっと世界のマーラー演奏史に大きな影響を与えるであろう。
 マーラーの交響曲に対峙することは、それが音楽を聴く観客にとっても、人生と真正面から向き合うことを求められる。特に「大地の歌」と9番交響曲は死と真正面に向き合わなくてはならない。今回の演奏は、李白を初めとした中国の思想家のアジアの死生観とマーラーが向き合った演奏となっていた。
 我々は死を怖れ避けようと必死にもがくだけでなく、いつか人生の意味を悟り受け入れることをしなくてはいけない。今宵の演奏はそうした思想の高みまで達した演奏だったのだ。
 しかし、今宵の都響とインバルの演奏は全く違う頂きを提示したのだ。繰り返しになるが、それはシオニズムの呪縛から解放されたマーラー演奏の新たな境地である。マーラーのスコアをユダヤ人作曲家という一点に視点をおいて演奏するのではなく、人間グスタフ・マーラーとして彼のスコアに対峙した名演奏なのである。
 驚愕である。2人の独唱者も素晴らしかったことを付け加えておきたい。秋からのマーラーチクルスが本当に楽しみになった。2012年3月29日@サントリーホール
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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