佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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「落語をきく楽しみがここにあったと思う」

 始めに断っておくが、私は落語の事は分からない。年に数回聞きにいくだけ。これで、今年は4回、5回目くらい。ほとんど聞いていない。31歳のころに生まれて初めて落語をきいて、20年以上になるが、生できいたのは150回に満たない。だから、いつも以上に批評でなく感想です。
 今回は、立川談四楼独演会、である。3年前に志らくさんの演劇の時に、共演者として大変世話になって、必ず聞きに伺いますとか調子良くいって、3年もかかってしまった。この会を逃すと、来年になっちまう。実はこの日、これも一度は生を聞きたい桂歌丸師匠の会が新宿であって、そのチケットを買っていたのだが、調べたら、立川談四楼師匠の会があって、そりゃ順番が違うだろということで、歌丸師匠はまた別の機会にということで、こちらに伺う事に。
 北澤八幡神社。二礼だけして、いざ会場へ。
 受付で佐藤さんですね?って、会員価格にしときますねって。安いな〜、2000円だって。
 どのくらいの大きさかは分からないけれど、ちゃんと緞帳つきの舞台がある和室に座布団多数。到着した6時30分ごろには、後ろにある椅子席に座る方と、前の方のかぶりつき席に15人くらい。会が始まる19時ごろには、40人いや、60人くらいになっていたかなあ。
 3人の前座さんたちの噺は15分くらいづつ。だん子さん「子ほめ」。談笑さんの弟子の笑笑(わらわら、って居酒屋みたいですね)さん「まんじゅうこわい」、そして元編集者の寸志さん「豆売り」と続く。前座さんの中では、寸志さんの熱量が半端なかった。まあ、妻子ある中で一流出版社の編集者の職をなげうっての遅くの入門だからね、そりゃ違うよね。初めて聞くが、落語愛の深さを感じた。冒頭に数々の物売りの、金魚や、豆腐屋とかを、少し長めに話して、本題の世界に引き込もうと。この人は声がいいね。通る声。えーーってのがちょいと多すぎだけど。下げのテンポは絶妙でござんした。寸志さん、笑笑さん、憶えさせて頂きました。
 さて、いよいよ登場の談四楼師匠。2席「目黒のさんま」と「抜け雀」。
 最初に、弟子のことを思ってか、いろいろと語る。先物買いして下さい。お客さんの前でやることが大切なんです。前座っていってもいろいろあるでしょ?正直、下向いて明らかに嫌な顔して、早く終われみたいな顔している人もいて、まあね、僕も人前で話したり、最近は、ないけど演じたりもしたので、ね。ま、若い人の、ちょいと気持ちは分かりますね。
 まあ、こんな性格なんで、何人入って興行収入はこんくらい、ゲストで呼んだシンゴさんという太鼓たたきに払うギャラや、会場費など諸々考えると、これは、談四楼師匠が、落語愛で開いている会だなあと思う次第です。
 興行ってのは、自分の好きなとこだけで判断するのではなく、全部、総合で見ないといけない。宣伝や予約受付、会場受付から興行は始まっているのです。掃除してない汚い会場だったら、客の気持ちも落ちるって具合で。総合的なものなんですね。
 この会。2000円しか払ってない客が、前座さんたちに、お前は下手だ、ツマラナイっていう顔する、そういうのってね、どういう了見かね。も少し暖かい感じでさ接してもいいのになって思うな。

 さて「抜け雀」はなぜか、少ない落語鑑賞歴の中で、しょっちゅう出合う演目で、これ、もういろんなのを聞かせてもらった。喬太郎、たい平、談慶などなど。主役の相模やっていう宿屋夫婦の会話に重きを置く噺家さんが多い中、談四楼師匠は、冒頭のスポットを絵描きに当てた。相模屋がボロいとか、夫婦の半金もらってこいといったところでなくである。時おり、そういうサイドの部分をねっちょりやる噺家さんもいて、それはそれで面白いのだが、抜け雀の話は止ってしまう。
 談四楼さん、何と言うか、やり過ぎない。だから、テンポがいい。噺がすすすーっと進んでいく。ギャグを入れるにしても、サイドディッシュに抑えておく品格がある。
 飛んでいく雀をしつこくやらない。驚く宿屋の親父や、泊まりにきた人、殿様をひとつひとつねっちょりやって、噺を止めない。
 実は、僕は落語に大爆笑を求めてはいない。一番欲しいのは、落語の作り出す世界と空気。それを楽しみ、人間の可笑しさ、世の中の理不尽さに、ニヤっとさせてもらったり、吹き出したり、にこやかにしてもらったりしたいだけ。大笑いしたけれど、どんな話だっけ?って笑いを求めてはいないのだ。
 もちろん談四楼師匠も、時と場所により作り方はいいジャズのようにアレンジされるのかもしれない。でも、考えてみると、この畳敷きの広間に座布団を並べ、そこで前座さんの話や、ここでしか見られないような芸人さんの一芸を見せてもらって、品のいい楽しくハッピーにさせてもらう談四楼さんの落語2席。
 なんかね。ああ、来て良かった。落語を聞く楽しみってこうだよな。談四楼さんの噺だけでなく、会場の選び方から、雰囲気、受付、演目、出演者。もろもろ全てが暖かくていい。そして、お代は2000円。談四楼さんは、前座さんの噺を受けて、養成場みたいなことを言ってたけれど、落語ファンを作り育てる場でもあるなあと思った。若手を競わせ、人前でコテンパンに貶めるという会もあるけれど、ここではそんなことはない。落語をやってる、落語を愛するものを愛しく思ってる空気があった。きっと若手の噺家の中には、ありがたい現場だと思ってるのではないだろうか。そういう場を作ってるのだなあと。6時に始まり、終わったのは9時。たいしたもんだ。
 会の後には、懇親会までやるという。お客さんもお疲れさまというわけだ。まあ、僕は、久しぶりなので、ご挨拶だけして、ほんわかした気持ちで会場を後にした。目黒のさんま の噺をきいて、さんまが無性に食いたくなって居酒屋に駆け込んだくらい。
 自分も放送人、ちょっとしたモノを書くことを生業にしているが、なんかね、このほんわか空気を作り出せるようにないたいなと思った。
 2014年10月15日@北澤八幡神社参集殿

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『多様な笑いを発見するドストエフスキーの匂いのする作品』

 ナイロン100℃「社長吸血鬼」。
 いま、御岳山の噴火、台風18号、19号、広島土砂災害、政治経済のできごとも含めて、いろんな重いニュースがある。しかし、観劇して一週間以上立つのに、この芝居をみたあとから、何かが、まだまだ心の中にしみ込んでくる。感想をまとめようと思ってるのに、それが心の中にどーんと居場所をもっていて、それがまだ形も大きさも色合いも変わっていくのでまとめきれない。でももう一週間も立ったのだから何か書いてみようと思う。
 ドストエフスキーが、現代日本に生きていて、戯曲を書いたのなら、その色合いはこんな感じだったのではないか。そんな感じである。チェホフではない。ゴーリキーでもない、ましてや、シェイクスピアさんでもない。ドス君である。

 ケラさん、社長シリーズのことに触れていたはずだ。そう、森繁や、三木のり平や、加藤大介が出ていたあのプログラムピクチャーのこと。ケラさんは、作品を誰よりも知っていて、いや実際、それに言及してるのを目撃(Twitterとかだったので、読んだというより目撃)したこともあったはずだ。
 そういう作品をどこかベースに作るのだろうと想像していたら、夏前に「社長吸血鬼」ってタイトルになっていて、結構おどろおどろしいチラシだったり、ご覧のようなコウモリな感じだったので、どんな話だろと思って会場にいったら、ペラ紙の参考資料の中に、豊田商事事件があったので、うんぐと思ってしまった。美術も重量感を感じた。
 こっそり「社長放浪記」という舞台を伊東四朗さん主演で作った三谷幸喜作のことを意識してるのかなと思った。それも至芸を見せてもらったのだけれど。三谷さんは、森光子の「放浪記」を意識してるのかなと思いつつ。。。
 この物語にも社長は直接出てこない、話の重しになる社長はどこかに消えてしまって(放浪して)出てこないし、芝居が始まりしばらくすると、社員もお客のことも吸い尽くす吸血鬼であることも分かる。え!こんなにストレートなタイトル…か、でむしろ驚いた。
 エンタティメント性は高い。それに、出ている役者さんは上手いので2時間半は短いし、その時間のスピート感も、会場の空気もどんどん入れ替わりながら進んでいく。照明を変える事も、舞台装置が変形していくのもあれだけれど、役者が空気をどんどん入れ替える。重量を変える。スゴいのである。
 で、残るのは、何かケラさんの今の世の中、社会に対するストレートな吐露である。戦争は良くない、政治家はもっとしっかりしろ、そんな当たり前の、作品として底の低いものじゃなくて、今の日本を覆い尽くす空気への想いなのである。今の世の中の、何か重苦しい、広がりのない、どんよりとした、ダークな、社会を覆う空気を舞台で再現してみたような感じがする。
 こういう出てくる人がみんな問題があるっていうか、ダークな人ばかりの芝居は大好きだ。いい意味で、逃げ場がない。
 もちろんエンタティメント性は高いから、笑いは巻き起こる。面白いのだ。だが、会場から起きる笑いはどっ!というものもあるけれど、笑いの質は同質でない。が、今回ほど、一人で大声で笑う客がいろんなところで、いろんな人がいたなんて珍しい。それもいろんな笑い声が聞こえてきたのだ。声に出さないものも含めて、自分自身も笑いながらも、怖くなる、重くなっていく。笑いながら、重くなっていくのであるが、それは、自分自身に向き合っているのである。
 そんな芝居なのである。笑いにいろいろとあって、自分の中で巻き起こる笑いも、この芝居はいろんなスイッチをオンオフしてくれる。それが、何かね。対峙させられちゃってるのが分かって、自分自身とね、自然とね。対峙させられてしまって、ね。不思議な芝居である。
 芸人のかもめんたるが出演していた。僕は知らないお笑いの人なんだけれど、ナイロン100℃の俳優と互角に演じていた。見事である。
 ドストエフスキーが現代日本に生きていて、でも、小説というよりも戯曲家だったら、こんな芝居を書くのではないか。この作品は、イギリス人、ロシア人、フランス人も、好きそうな芝居である。
 それは、現代の若い日本の戯曲家にありがちな、個人の内面ばかりみたり、単に物語を追ってみたり、社会の問題を新聞的に描いてみたりという芝居とは根本的に異なる。
 個々の内面の問題であり、社会に向き合い、開かれている作品であり、演劇ならではの作品なのである。とてもパーソナルであるのに、時代を超えていくPowerを持つ作品であった。
 ちょっと思ったんだけれど、時々、映画の「ダークナイト」を見た時の空気とリンクするなあ。
2014年10月6日@本多劇場
誰が見ても笑えて面白い作品は、紛れもない才能の結実。

「窓に映るエレジー」@CBGKシブゲキで鑑賞して来た(7月31日夜)。2時間あまりの作品はバラエティに富み面白かった。ブルー&スカイがメインで作っているのだろうが、ちょいと違う。それが大倉孝二の味なのだろうか。 ジョンソン&ジャクソンいづれにせよ、ブルー&スカイと大倉孝二という紛れもない現代演劇界の才能の科学反応は大変素晴らしく、ボッシュの絵画、ウディアレンの映画のように変幻自在に楽しめるようにできた上質のコメディであり、劇場作品であった。
 冒頭は中2レベルの下ネタから入る。ここで、会場の緊張が緩む。そして、さて芝居が進むかと思うと、ウェルメイドな音楽が演奏されたのには驚いた。さて物語は…と、ここで少々、あらすじを書いてもいいのだが、つまらない新聞の劇評と同じようになってしまうし、これから見る人には邪魔だし、見ない人にはどうでもいい話なので書かない。ただ言えることは全編笑いである。笑いでありナンセンスである。ナンセンスで物語は紡がれて行く。節約、仕事、格差、リア充。幸せを必死に求めて、確実に不幸になって行く人間を笑い飛ばすだけでなく、社会と現代そのものも笑い飛ばして行く作風に舌を巻く。誰が見ても面白く笑える。そして2時間の劇場作品として一流のそれに仕上がっていた。
 会場の笑いは大倉孝二や池谷のぶえが作り出す分かりやすく一級の笑いに反応しているのだが、村岡希美が真面目に必死に生きている女を演じていることがこの作品の軸となっており、ときどき笑いに走るかなというところで踏みとどまる池田成志の抜群のバランス感覚のある名演で芝居は締まり、人間のむだな懸命さが愛おしくなってしまうことに観客は気づいていないかもしれない。笑いながらも哀しい。そんな作品なのである。ブルー&スカイ自身も役者として演じるが、その抑えた演技は素晴らしい。やり過ぎや無駄な主張は常に演者のための高揚感であり作品や観客にとって喜ばしい自体ではないからだ。
 物ごとの表現は常に削ぎ落とすことによって純化していく。観客との繋がりは、削ぎ落とされた部分に観客の心が共鳴することによって埋まって行くからだ。
 ブルー&スカイという作家は同世代でも特別な才能である。他がドリフターズやひょうきん族などのテレビでのコントに大きな影響を受けて、作品をバラエティショー化して演劇だと言い張っている時代に、前述のような作品を生み出して来た。ナンセンス、ばかばかしさ、その先には常に人間そのものを笑い飛ばしてきたのだ。
 多くの人の理解を得たのかどうかは分からないが、まさに一級品なのだ。
 演劇の公演でグッズなど買わない僕が、なぜか買ってしまっていまでもちゃんと持っているものがひとつある。それは割り箸だ。演劇弁当ネコニャーがどんどん追い込まれて、中野のウエストエンドで公演を打った時に買ったもので、確か500円。五膳だから、1膳100円。こんなに高い割り箸は買ったことがない。
 だいたい演劇弁当という名前を劇団の名前の前につけたのも、みんな食うのが大変だから弁当屋やってバイトしながら演劇するためにつけたとフライヤーで言っていたけれど、芝居だけでなく自分も劇団も笑いの対象にしてた。面白い。劇団としては無くなったとしても、この割り箸は、将来きっと価値がでると思って買い求めたのだ。
 というように、ブルー&スカイは若い時から不思議な世界観、空気感を作れる作家であり演出家だなと思った。きっと世の中のメインストリームになるだろうなあと思った。時代が追いつく、もしくは、もっと年を取れば老成していろんなことを知ってちょうど良い売れる作品を作り出すようになるかもしれぬ。それはもちろんある程度自分というものを残しながらなのだけれども、作り出すだろうなと思っていた。もう10年くらい前の話だ。
 どうなんだろう。そんな作家になるのかもしれないし、ならないのかもしれない。何か無理してでも売れてやろうという気迫ばかりが演劇の作家からは感じることが多いが、ブルー&スカイはもっと独自の道を歩むのかもしれない。例えば、イッセー尾形のような、いやイッセー尾形ならいいのだが、マルセ太郎だと食うのに困る。 まだまだ見てみたい才能なのである。大倉孝二という俳優についてはもはや私なんぞが語る必要がないだろう。一度、松竹の映画作品、それもプログラムピクチャーで見てみたい俳優だ、とだけ言っておきたい。
 作品は2時間をふと思い出しながら、必死に演じて笑われた登場人物が客席をずーっと見続ける形で終わる。それは、観客自身の姿であることを分かってねという感じなのかな。いや、そこまでは言ってないのかな。でも、それがエレジーであることは間違いない。
 2014年7月31日@CBGKシブゲキ
 100年近く前の時代を背景にかかれた作品を現代に上演するということはどういうことか。それを考えさせてくれたのがケラリーノサンドロヴィッチ潤色、演出のナイロン100℃『パン屋文六の思案~続・岸田國士一幕劇コレクション~』である。大正の終わりから昭和一桁に書かれた岸田國士の作品を上演した。7年ほどまえにも岸田作品の一幕ものを上演している。今回もさまざまな作品をひとつの作品として絡めてコラージュしている。それでもきちんと区切りもつけるために、作品の終わりごとに、原作名と出演者と演者を紹介する。
 3時間10分の作品を通して古さは感じられない。原作を読んだわけではないのだが、作品を再演するということはこういうことなのではないか。
 日本での古典での上演は、特に新劇系の、もしくは宗教的に作品と作者を信奉するグループの作品に見られるように、まるで博物館、史料館を訪れたような気分になってしまう上演が多い。
 ケラさんの作品にはそれがない。今までこの世に産み出された素晴らしい作品を心から愛するケラさんではあるが、それを神棚にあげて奉るような失礼な事はしない。現代の視点できちんと見つめ、作品の本質をつかんで上演する。だから見ていて古さは何にもないのだ。
 ケラさんは自分の思いを伝えたくて伝えたくてたまらない。劇場に入ると、多くのやじろべえというかモービルのオブジェが下がっている。そして、舞台上にはやじろべえのように、何とかバランスを保っている人間やじろべえが創出される。やじろべえは手で故意に触れるとグラグラと揺らぐ。でも、まあ元の鞘に納まって行く。その揺れ具合を舞台で創出している。舞台のど真ん中の頭上に大きくあるのはシンプルなやじろべえ、その先には XX XY と書かれている。岸田の時代にはまだ解明されていない染色体である。男と女。うーーーん、分かりやすい。流れる音楽は、この時代の少しあとの昭和を彩ったエノケン。舞台にある美術はまるでカンディンスキーである。色使いも線も。ワシリーカンディンスキーはロシア出身の画家で、ピカソやミロやいろんな画家に影響を与えた19世紀の人。その作品もよく分からないものがひとつのキャンパスに創出されるが、不思議とバランスが取れているものだ。
 ナイロン100℃の上演の魅力のひとつはその俳優陣であることを否定する人はいないだろう。僕はテレビや映画で大人計画出身の俳優達が山ほど出ているのに対し、こんなに魅力的なナイロン系の俳優陣がイマイチなのが残念でたまらない。ケラさんは自分の劇団の俳優を、いや俳優そのものを愛している。ナイロン100℃の若手にもきちんと爪痕を残せるような役回りを作った台本には俳優への深い愛情を感じるはずだ。べらぼうにうまい松永玲子や味わいのあるみのすけ。出演者が多いのでケラさんが理解している事をどれだけ分かってやってるのかな?と思う役者もいるし、でかい役をもらっている人も、ああ、ここは得意なんだ。ここは綱渡りなんだ。あれ、あれ?みたいなところもあるし。ちょっと悪目立ちだなあと思う瞬間もあったりするのだが、やじろべえのように、何か上手ーーく落ち着くところに落ち着くのだ。
 ひとつだけ、俳優さんのこと。緒川たまきさんの立ち姿が美しい。あれ、自然に見えているが大変なのである。まるで歌舞伎俳優のように舞台に立ち向かうのであった。
 円形劇場、どこから見ても面白い。不思議な演劇やじろべえをご覧あれ。
2014年4月10日
 はじめてみる芸術作品の傑作の数々を前にして、私は、感動するよりも何よりも、存在しうるかぎりの神々に誓った。死んでも作品の解説(批評)はしない、と。
 芸術作品とは、仲介者なしで、それと一対一で向い合い、作者が表現しようとしたことを虚心に受けとめるべきものだと感じたのである。

         …塩野七生「ルネサンスとは何であったのか」より


 このブログは、上記の言葉を忘れずに行こうと思う。
 僕がしたいのは、このブログを読んだ人が、今よりももっと、劇場に、コンサートホールに、映画館に足を運びたくなるような文章を書くことなのだ。
感想は短文では、Twitterのアカウント satoharuhiko2 。少し長めの感想は、Facebook https://www.facebook.com/haruhiko.sato.503 に記しております。よろしければ読んでやって下さい。

9月6日  ミラノスカラ座「ファルスタッフ」ハーディング指揮@東京文化会館
9月7日  文楽 通し狂言 伊賀越道中双六「第二部」@国立劇場
9月9日  ミラノスカラ座「リゴレット」ドゥダメル指揮@NHKホール
9月11日 N響&ブロムシュテット ブラームス交響曲第1番ほか@サントリーホール
9月12日 ミラノスカラ座「ファルスタッフ」@東京文化会館
9月14日 新日フィル メッツマッハー チャイコ5番、法悦の詩ほか@サントリーホール
9月16日 ミラノスカラ座 ガラコンサート ドゥダメル指揮 @NHKホール 
9月19日 ミラノスカラ座「アイーダ(コンサート)」ドゥダメル指揮@NHKホール
9月20日 ミラノスカラ座バレエ「ロミオとジュリエット」@東京文化会館
9月20日 N響&ブロムシュテット ブラームス交響曲第2&3番@NHKホール
9月27日 N響&ブロムシュテット ブラームス交響曲第4番VC@NHKホール   
10月4日 フランス国立フィル チョンミンフン指揮 カルメン、ラヴァルスほか @NHKホール
10月9日 N響&ノリントン指揮 ベートーベン交響曲6番、ピアノ協奏曲2番ほか @サントリーホール
10月20日 N響&ノリントン指揮 ベートーベン交響曲8番 ほか @NHKホール
10月21日 文学座 松井周作 未来を忘れる @文学座アトリエ
10月31日 東京春祭特別オケ リッカルドムーティ指揮 ヴェルディプロ @すみだトリフォニー
11月3日  都響&インバル マーラー交響曲6番@東京芸術劇場
11月4日  パリ管弦楽団@パーヴォヤルヴィ プロコフィエフ交響曲5番ほか@東京文化会館
11月7日  パリオペラ座バレエ キリアン×勅使河原他 @パリオペラ座(ガルニエ)
11月11日 パリオペラ座「エレクトラ」フィリップジョルダン指揮@パリオペラ座(バスチーユ)
11月12日 パリオペラ座「アイーダ」フィリップジョルダン指揮@パリオペラ座(バスチーユ)
11月17日 ウィーンフィル&ティーレマン ベートーヴェン8&9番@サントリーホール
11月21日 N響&ソヒエフ+諏訪内 ショスタコV協2&チャイコ5番@サントリーホール
11月22日 歌舞伎「毛抜き」獅童「連獅子」右近 ほか@明治座
11月30日 N響&デュトワ+ハフ リストP協1、ショスタコ15@NHKホール
12月7日  N響&デュトワ プーランク「グローリア」ベルリオーズ「テデウム」@NHKホール
12月8日  トリノ歌劇場「トスカ」@東京文化会館
12月9日  文学座「太陽の虹を見ると私の心は踊る」鄭義信作@紀伊国屋サザンシアター 
12月9日  バッハコレギウムJAPAN モーツアルト「レクイエム」@東京オペラシティ
12月11日 クレーラーミュラー美術館展@新国立美術館(乃木坂)
12月17日 王立美術館(オールドマスター部門)@ブリュッセル
12月17日 ベルギーモネ歌劇場 トマ「ハムレット」@ブリュッセルモネ歌劇場
12月19日 アムステルダム国立博物館@アムステルダム オランダ
12月20日 アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団定期演奏会@コンセルトヘボウ 指揮 Tピノック
12月20日 ネーデルランドオペラ プロコフィエフ「賭博師」@ミュージックテアター アムステルダム
12月21日 クレーラーミュラー美術館@クレーラーミュラー美術館 オッテルロー オランダ
"Conductor in Residence"就任記念はエキサイティング・チャイコフスキー
―インゴ・メッツマッハー Conductor in Residence就任披露公演―
ムソルグスキー作曲(R.コルサコフ編) 歌劇『ホヴァーンシチナ』前奏曲「モスクワ川の夜明け」 *
スクリャービン作曲 法悦の詩 op.54 *
チャイコフスキー作曲 交響曲第5番ホ短調 op.64

2013年9月14日@サントリーホール


2013年9月6日(金)18:30開演/東京文化会館




ジュゼッペ・ヴェルディ作曲 「ファルスタッフ」全3幕
Giuseppe Verdi  FALSTAFF Commedia lirica in tre atti
指揮:ダニエル・ハーディング Direttore:Daniel Harding 
演出:ロバート・カーセン Regia:Robert Carsen
In coproduzione con Royal Opera House, Covent Garden, Londra; Canadian Opera Company, Toronto
The Metropolitan Opera, New York; The Nederlandse Opera, Amsterdam
 
サー・ジョン・ファルスタッフ:アンブロージョ・マエストリ Sir John Falstaff:Ambrogio Maestri
フォード:マッシモ・カヴァレッティ* Ford:Massimo Cavalletti
フェントン:アントニオ・ポーリ Fenton:Antonio Poli 
医師カイウス:カルロ・ボージ Dr. Cajus:Carlo Bosi 
バルドルフォ:リッカルド・ボッタ Bardolfo:Riccardo Botta 
ピストラ:アレッサンドロ・グェルツォーニ Pistola:Alessandro Guerzoni 
フォード夫人アリーチェ:バルバラ・フリットリ Mrs. Alice Ford:Barbara Frittoli
ナンネッタ:イリーナ・ルング Nannetta:Irina Lungu 
クイックリー夫人:ダニエラ・バルチェッローナ Mrs. Quickly:Daniela Barcellona 
ページ夫人メグ:ラウラ・ポルヴェレッリ Mrs. Meg Page:Laura Polverelli
ミラノ・スカラ座管弦楽団、ミラノ・スカラ座合唱団 Orchestra e Coro del Teatro alla Scala
2013年9月6日(金)18:30開演/東京文化会館



ジュゼッペ・ヴェルディ作曲 「リゴレット」全3幕
Giuseppe Verdi  RIGOLETTO Melodramma in tre atti
指揮:グスターボ・ドゥダメル Direttore:Gustavo Dudamel 
演出:ジルベール・デフロ Regia Gilbert Deflo
マントヴァ公爵:フランチェスコ・デムーロ Il Duca di Mantova:Francesco Demuro
リゴレット:レオ・ヌッチ Rigoletto:Leo Nucci
ジルダ:エレーナ・モシュク Gilda:Elena Mosuc
スパラフチーレ:アレクサンドル・ツィムバリュク Sparafucile:Alexander Tsymbalyuk
マッダレーナ:ケテワン・ケモクリーゼ Maddalena:Ketevan Kemoklidze
2013年9月9日(月)18:30開演/NHKホール


2013年9月
竹本義太夫三〇〇回忌記念
通し狂言 伊賀越道中双六
       (いがごえどうちゅうすごろく)

<第二部>4時30分開演
    藤川新関の段 
      引抜き 寿柱立万歳
    竹藪の段
    岡崎の段
    伏見北国屋の段
    伊賀上野敵討の段


 (主な出演者)  竹本 住大夫 鶴澤 寛治  鶴澤 清治 吉田 簑助  吉田 文雀 ほか

2013年9月7日@国立劇場
ラヴェル:オペラ「こどもと魔法」「スペインの時」 グラインドボーン音楽祭との共同制作。
「こどもと魔法」
出演: こども:イザベル・レナード
肘掛椅子、木:ポール・ガイ
母親、中国茶碗、とんぼ:イヴォンヌ・ネフ
火、お姫様、うぐいす:アナ・クリスティ
雌猫、りす:マリー・ルノルマン
大時計、雄猫:エリオット・マドア
小さな老人、雨蛙、ティーポット:ジャン=ポール・フーシェクール
安楽椅子、こうもり:藤谷佳奈枝
合唱:SKF松本合唱団、SKF松本児童合唱団

「スペインの時」
出演: コンセプシオン(時計屋の女房):イザベル・レナード
ラミロ(ロバ引き):エリオット・マドア
トルケマダ(時計屋):ジャン=ポール・フーシェクール
ゴンザルヴ(詩人気取りの学生):デイビット・ポーティロ
ドン・イニーゴ・ゴメス(銀行家):ポール・ガイ

演奏:サイトウ・キネン・オーケストラ
指揮:小澤征爾「こどもと魔法」、ステファヌ・ドゥネーヴ「スペインの時」
演出:ロラン・ペリー
装置:バーバラ・デリンバーグ「こどもと魔法」
    キャロリーヌ・ジネ「スペインの時」
    オリジナルデザイン:キャロリーヌ・ジネ、フロランス・エヴラール
照明:ジョエル・アダン
衣裳:ロラン・ペリー/ジャン=ジャック・デルモット


「小沢征爾さんありがとう」
 今回で5回目くらいの同音楽祭だが、前回の「ヴォッエック」の時にも思ったけれども、まつもと芸術市民館という世界にも誇れる素晴らしいホールを得て、この音楽祭は本当に充実するようになった。これで、日本のオケをひとつ、海外のオケをひとつゲストとして呼んでもっと大きなものにすれば、松本に滞在し、音楽祭を楽しむ人も増えるだろうにと思うくらい。僕は日帰りだった。
 先ずはこの音楽祭のオペラ上演らしく、あまり上演されない現代、もしくはそれに近いオペラを世界最高峰のレベルで上演するという具合は今回も成立していた。二つのオペラとも高いレベルであった。子どもと魔法は昨年のN響・デュトワの名演のあととうこともあるけれど、あれだけ実際に見せられるとなあとも思う。コンサート形式で上演し、観客の頭の中で舞台があるくらいでいい作品だと思う。反対に後者の「スペインの時」は上演するのにふさわしいオペラだと思った。
 まあ、そんなことよりも、僕は小澤さんのボストン交響楽団との初来日から35年以上に渡って、音楽を聴き続けてきた。77才の小澤サンはご存知のように食道がんとの闘病中。キャンセルも多い。そういう中で今年は相当の熱意をもって望まれている。指揮もムリをせず、1時間弱の上演。時折立ち上がって指揮もするし、はねるようではないが十分元気。ああ、よかった。終演後。手が痛くなるくらい拍手をし、長年の感謝の思いもブラボーと叫ばせてもらった。
 2013年8月31日 まつもと市民芸術館
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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