佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 音楽 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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ロシア人指揮者というと、ぶっちぎり系演奏の人も多い。軸はあっても詳細なところは荒れれのれ。その代表格がロジェストヴィンスキー。詳細までがっちり制御するのがムラヴィンスキー。2009年の春、旅でよったザグレブの夜。クラシックコンサートがあるというので、出かけたザグレブフィルの定期で、確かチャイコフスキーを聴かせてくれたのが、キタエンコだった。名前は知っていたけれど初めて聴いた。何か、いいのだ。骨は太いのだが、興奮してテンポが異常に早くなることも、最初から最後まで大げさに歌ってみせたりもしない。きちんと組み立て、心を込めて音楽を作って行く。クール&ビューティ。フレージングはしっかりするし、ボーイングも大切にする(ロシア系結構と雑)、個々の名人芸も尊重する。でも骨はどかーんとある。
 帰ってきてN響の定期に出演すると喜んでチケット買ったのに行けなかった。そんで、ずーっとお預け。東京交響楽団の定期のラインナップ見て好きな指揮者がぎょうさんいた。その一人が、キタエンコ。もうひとりが来月のミッシェルプラソン。
 そのキタエンコ登場の定期が6月最後の日、日曜のマチネにあった。
 もちろんプロコフィエフのチェロ協奏曲も良かったけれど、楽員と2回のコンサートとは思えないほどの充実なラフマニノフ交響曲第2番。
 このメロウなロマンチックな音楽は、この作曲家の心の幻想が花火のように無造作に飛び出てくるから、楽想が急に変わったりするギアチェンジや、細かいところにこだわらないと面白くない。それがね、何かすごく良かったんですよ。俺の愛するN響も今年ウンジャンという指揮者と取り組んだけれど、東京交響楽団のそれは、指揮者とオーケストラの一体感がさらに強くてよかったな。
 東京交響楽団。ジョナサンノットが音楽監督を受け入れた理由が、たった2回のコンサートで分かったような気がする。2013年6月30日@サントリーホール
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指揮 シャルルデュトワ

【プログラムA】
シベリウス: 「カレリア」組曲 op.11
ドビュッシー: 海
    ***
バルトーク: バレエ「中国の不思議な役人」op.19 組曲
ラヴェル:バレエ「ダフニスとクロエ」第2組曲

2013年6月25日@文京シビックセンター

【プログラムB】
ウェーバー: オペラ「オイリアンテ」序曲
メンデルスゾーン: ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64
               (ヴァイオリン:イェウン・チェ)
    ***
ベルリオーズ: 幻想交響曲 op.14

2013年6月26日@東京文化会館
チョンミンフン指揮 
ベートーベン作曲 交響曲第2番
ロッシーニ作曲 スターバト・マーテル

2013年6月14日@NHKホール

2013年4月27日@東京芸術劇場コンサートホール
セミヨンビシュコフ指揮 NHK交響楽団定期演奏会

Bプロ デュビュニヨン作曲 2台のピアノと二つのオーケストラのための協奏曲「バトルフィールド」
    ソリスト;ラベック姉妹
    ベルリオーズ作曲 幻想交響曲
Cプロ ヴェルディ作曲 レクイエム



2013年4月20日@NHKホール(Cプロ)
2013年4月25日@サントリーホール(Bプロ)




ピーターウンジャン指揮 ヴィクトリアムローヴァ(バイオリン)
Aプロ
ショスタコーヴィッチ作曲 バイオリン協奏曲第1番
ラフマニノフ作曲 交響曲第2番

ちょっとお疲れ?今日のメインはムローヴァに
初めて聞くウンジャン。分かりやすい指揮をするのだが、どうもN響の覇気がない。悪い演奏ではないのだが、きっと先週の「マイスタージンガー」の2回の演奏で疲れているのではと思ってしまうくらい。だからウンジャンの評価は次の機会に。ムローヴァは静謐な演奏。あの不協和音も多く混ざる音楽にきわめて真書面に立ち向かい音の純粋な美しさを引き出したと思う。ということで、今日はN響初登場のムローヴぁが持っていた感じ。

2013年4月13日@NHKホール
ロリンマゼール指揮 ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団



ベートーヴェン作曲 コリオラン序曲 交響曲第4番、第7番 アンコール エグモンド序曲
80歳で相性のいいオケに出会ったマゼール
前回の来日はティーレマン、かつてはチェリビタッケで名演をきかせてきたミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団。ベルリンフィルがあまりにも美しい国際的なオケになってしまっているいま、機能性はベルリンフィル並で音色文化はドイツそのもののミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団の魅力はますます上がっている。今日の第一音から、最近力をつけてきた東京のオケの実力に感嘆している私も、今日のミュンヘンフィルの演奏のレベルの高さに舌をまいた。昨年10月のN響の客演で、マゼールは日本を代表するオケを引っ張って名演を出したが、今日はミュンヘンフィル自体がマゼールを助けていた。メリハリ、灰汁の強いマゼール節をいとも簡単に飲み込んでがっちりした演奏をする。
 マゼールも、ミラノスカラ座来日、ベルリンフィル、フランス国立フィル、ニューヨークフィル、バイエルン放送響、そしてN響と多様なオケで聞いてきたが、マゼールはミュンヘンとの相性が一番いい感じがした。18日のワーグナーやブルックナーがますます楽しみになった。2013年4月13日@サントリーホール


ワーグナー タンホイザー序曲〜ヴェヌスベルクの音楽 トリスタンとイゾルテ 前奏曲と愛の死
ブルックナー交響曲第3番 「ワーグナー」
2013年4月18日@サントリーホール


2013年5月16日@東京オペラシティコンサートホール

鈴木雅明(指揮)、バッハコレギウムジャパン(合唱・管弦楽)、
ジョアン・ラン(ソプラノ)、青木洋也(アルト)、
ゲルト・テュルク(テノール/福音史家)、ドミニク・ヴェルナー(バス/イエス)

今日から僕のバッハ巡礼が始まった。
 僕はバッハにあまり興味がない。子どもの頃、インベンションでこりごりした。若い頃にはヘルムートヴァルヒヤのオルガンの録音を聞いたり、ヘルムートリリングの演奏会にいったり、それどころか、僕自身が唯一クラシック音楽の演奏者となった、東京インターナショナルシンガースの演奏会ではバッハのカンタータのソロを一曲歌わせてもらった。二期会の方がソプラノ、僕がバリトン。お客さんが涙ぐんでいるのを見て、音楽家はいいものだなあと思った。それでも何かバッハを聴く気はなかったのだ。不思議だな。先年、アーノンクールの来日演奏会できいたバッハのロ短調ミサなどには感激したものの、もう来日しないということでバッハには縁がないなあと思っていた。昨年ニューヨークに行き、いつものようにアヴィリーフィッシャーホールの入り口でパンフを見ていたら、鈴木雅明さんが2013年に定期演奏会で指揮をする(4回くらいのコンサート)と知って驚いた。あのニューヨークフィルの定期演奏会に出演である。鈴木さんの名前は前から知っていたがそんなに高く評価されている方とは知らなかった。で、外国で評価された日本人を日本人は諸手を上げて評価するという逆輸入型の受け入れ方は本当に恥ずかしいのであるが、行く事にした。2013年の定期会員になってみた。でも、その前に、やはり大曲「ヨハネ」を聞いておこうといったのだ。
 驚愕した。なんて繊細で美しい演奏をするのだろう。チェロがなんてうっとり歌うのだ。フルートが天上の音を奏でる。ソプラノのソロも天国的な軽やかさで天国の声がぴんぴん決まる。ソリストはエバンゲリスト以外は合唱も歌うそのやり方が、僕がソロを歌ったときと同じなのでまた驚いた。日本人らしいものすごく繊細な演奏で、僕はカールリヒターの来日演奏会も、直前に急逝されたので、きいていないのだけれど、この演奏は間違いなく世界一級だ。こんな近いところに世界の頂点のバッハ演奏をする団体があったとは。申し訳ないが、日本のクラシック演奏家で間違いなく世界のトップにいる人だ。
 今日から僕のバッハへの巡礼が始まった。
2013.3.29.[金] —聖金曜日—@東京オペラシティ コンサートホール タケミツ メモリアル
カンブルラン指揮 読売日本交響楽団 
マーラー作曲交響曲第6番 悲劇的


悲劇的で決定的になった読響の黄金時代
マーラー交響曲第6番はマーラーの交響曲の中でも複雑で、しかし色合いは終始破滅的で悲劇的であり、聞いている方は逃げたくなるくらいの追い込まれる。読響との相性もいいカンブルランは、綿密で細かな音の色彩を微妙に変化させて行くことで、見事な演奏を披露した。カンブルラン/読響は間違いなく上のステージにあがった。これから黄金時代を迎えるであろう。2013年3月18日


プログラム
ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 op.19
         (ピアノ:マリア・ジョアン・ピリス)
ブルックナー: 交響曲第9番 ニ短調

プログラム
ブリテン: オペラ「ピーター・グライムズ」から 4つの海の間奏曲
モーツァルト: ピアノ協奏曲第17番 ト長調 K.453
         (ピアノ:マリア・ジョアン・ピリス)
ベートーヴェン: 交響曲第7番 イ長調 op.92

巨匠の音楽についての雑感
  考えてみると偉大な指揮者の生演奏を聞き逃してきた。僕にとっての3大聞けなかったぜ指揮者は、カールベーム、ムラヴィンスキー、カールリヒターである。特に後者の二人はチケットまで購入しておきながら来日直前に病に倒れたり亡くなったりして聞けなかった。ちなみにポップスでは、ビングクロスビーがそれにあたる。
 フランクシナトラは聞こうと思えばきけたのだが、ホールというよりスタジアム系イベントか、ホテルの10万円くらいのディナーショーしかなかったから無理だった。それでも、サミーデイヴィスジュニアやトニーベネット、ライザミネリにジュリエットグレコ、イブモンタンまで聞けているのだから幸せ者といっていいのだろう。
 話をクラシックに戻す。クラシックの巨匠系指揮者は山ほどきけた。ベームを聞き逃したことによって学生時代の限られた小遣いの中で必死にチケット取りをして音楽を聴いた。むさぼり聞いた。
 ヘルベルトフォンカラヤン、ジョージショルティ、カールマリアジュリーニ、ジョルジュチェリビタッケ、クラウステンシュテット、レナードバーンスタイン、ユージンオーマンディ、アンタルドラティ、オイゲンヨッフム、カールクライバー、ラファエルクーベリック、ギュンターヴァント…。亡くなった指揮者だけでも結構行く。多くの人が20世紀初頭に生まれ戦争とカラヤン的という二つの嵐の中で活動し地歩を築いた人だった。
 むろん、フルトヴェングラーやブルーノワルター、ジョージセルといった大指揮者は聞いていないのだけれども、まあ、それでも聞けた方ではないか。僕がライブを聴き始めた頃は、クラウディオアバドや小沢征爾、ズビンメータもリッカルドムーティもまだ中堅で大物争いをしている頃だった。ユージンオーマンディの演奏会に行ったら、東京文化会館の1階を前後に分ける、あのVIP列席のど真ん中でフィラディルフィア管弦楽団のシェフになるムーディがオーマンディの演奏を聴きに来ていた。けれど、誰も気がつかなかったくらい。僕が休憩のときにサインをもらったら、やっとみんなが気がついてそのあとやっとサインの行列ができた。そんな時代である。
 そういう流れで見ていくと、もはや私にとって真の巨匠というのはほとんど現存していない。もちろんいい指揮者はいるけれども、カラヤンやクライバーという人たちとまさに同時代を生き指揮者としての仕事場を確保できてきた指揮者というのはほとんどいない。強いて言うのなら、昨年NHK交響楽団を振ったロリンマゼール、そして今回ロンドン交響楽団の来日公演の指揮をしたベルナルドハイティンクではないだろうか?ハイティンクこそ、最長老で巨匠時代の最後のマエストロである。
 メンゲンベルクやベイヌムというきっとハイティンクの親よりも上の世代の指揮者が強烈な演奏をしてきたオランダの名門コンセルトヘボウ管。その名門オオケのシェフに1960年代の初めになった。そのあと、華々しい内容の、いや、数のレコーディングがあったわけでもなく、このマエストロはどちらかというと静かに演奏をしてきた。例えば、いま売り出し中のドュダメルやティーレマンのように、聴衆はその演奏から曲の真髄というか神髄を聞かせてもらうというより、指揮者そのものがを演奏を通してアピールされるというものとは全く違う。音楽に真摯に向かう司祭のような立場で演奏をしてきたからこそ、いまになって無駄も個性も削ぎ取った高みまで上り詰めた。多くの同世代指揮者がいなくなって世界中がハイティンクにやっと気がついたのだ。
 ハイティンクではウイーンフィル、シカゴ交響楽団の来日演奏会や、リニューアルオープンした10数年前のロンドンロイヤルオペラでの「ファルスタッフ」など幾つかのピットでの指揮で聞いてきた。それらのライブでスコアが明確に聞こえてくることはあっても、個性が押し付けられることはなかった。
 もうひとつ付け加えさせてもらうと、その明確に聞こえてくる音楽は決してデジタル時代の演奏ではなく、何ともアナログな味わいのある演奏なのである。
 今回の演奏でのブルックナーの第9交響曲はそれは見事であった。ハイティンクではウィーンフィルやシカゴ響の7番交響曲のときと同じに、弦の合奏とハーモニー、休符を大切にするからこそ伝わる音楽の響きの美しさ、管楽器の輪郭を比較的くっきり出すことによって曲の醍醐味を伝えてくれたように思う。それは、ベートーヴェンの第7交響曲でも、9日の演奏会のアンコールで演奏だれたメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」のスケルツォでも同じことが言えるのではないか。
 そして、ピリスを独奏者迎え披露されたモーツアルトの17番とモーツアルトのの音楽に近いベートーベンの第2協奏曲でもピリスの響きの美しさを大切にした演奏でもピリスが例えばベートヴェンの第二楽章で、スコアぎりぎりにたっぷりに、また音色もそれは、ベートーベン?というぎりぎりのところを彷徨っていても、ハイティンクがしっかり彼女を支え、曲の大枠は決して崩させなかった。
 このふたつの演奏会で私は音楽を聴く喜び、去り行く巨匠時代、それは音楽に誠実に向き合うということなのだが、その名残を感じながら私は大いに楽しんだ。2013年3月7日、9日@サントリーホール
 
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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