佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 音楽 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
[3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11]  [12
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

パッパーノ指揮 聖チェチーリア音楽院管弦楽団
ボリスベレゾフスキー ピアノ

ヴェルディ 歌劇「アイーダ」シンフォニア
リスト  ピアノ協奏曲第1番
チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」

(Pf:ボリス・ベレゾフスキー/アンコール)
サン=サーンス(ゴドフスキ編曲):白鳥
チャイコフスキー:四季~10月
(アンコール)プッチーニ:マノン・レスコー~間奏曲
ポンキエッリ:歌劇「ジョコンダ」-「時の踊り」から(最後の部分)




 「突っ走る悲愴。パッパーノは21世紀のカラヤン」
 とても分かりやすい演奏だった。去年来日するまでイギリスのロイヤルオペラは18年くらい来日しなかったのだが、その理由は明らか。オケが酷かったのだ。ロンドンで(特にバレエの公演)なと聴くと、下手すると、これ日本のアマチュアオケ以下かもと思うような演奏を聴かされて驚いたものだ。それが昨年の来日で聴かせたロイヤルオペラのオケ。全盛期とまでは言わないが確実に復活したのは間違いない。その立役者がアントニオ・パッツパーノだ。自ら故郷はイギリスというが、両親ともイタリア人なので国際的なイタリア人というのが正しいのでは?
 このイタリアのオケも聴くのは始めてではないのだが、前に聴いたときの印象がほとんどない。その程度の演奏だったのだろう。しかし今宵の演奏は心に残る演奏だ。それは、音が溌剌としていてどこまでもハイテンションで観客をぐいぐい引っ張っていく演奏だからだ。イタリア的にカンタービレも抜群に聴かせてメロディを歌いまくることも特徴。何かそのノリはロックのそれに近いものがあった。
 リストのピアノ協奏曲は、丁々発止の演奏というのは、こういうのだよね?と言われたら大きくうなづきたくなるような演奏。ベレゾフスキーの俺は技術力すげえんだというのが、俺は二枚目だ、抱いてやるよ!みたいな傲慢な感じもちょっと感じるくらいのグイグイ感。アンコールの白鳥などはさらっとしていて好感。いやリストのピアノ協奏曲第一番の生演奏ではきっと生涯で一番いいものだったと思う。
 速めのテンポ、輪郭がくっきりとした音色とリズム。悲愴でもそれは変わらなかった。突っ走る悲愴といったらいいのだろうか?出だしから暗さというよりはグイグイ感。観客は大喝采だったし、僕もたまにはこういう演奏を聴かされるのは嫌じゃない。ただ、先日きいたNHK交響楽団/ブロムシュテットのチャイコフスキー第5番の名演と比べると、いい意味で幼稚な演奏といってもいいんだと思う。
 きっとあまりオーケストラの演奏会を多く聴いてない人は、こういう演奏会から入るのが理想的だ。きっとカラヤンが21世紀に生きていたらこんな演奏をしたのだと思う。パッパーノのライバルは、きっとドゥダメルだろう。

2011年10月3日@NHKホール
PR
ベルリオーズ/劇的交響曲〈ロミオとジュリエット〉作品17


指揮:シルヴァン・カンブルラン(読売日響常任指揮者)
メゾ・ソプラノ:カタリーナ・カルネウス(当初予定のベアトリス・ユリア=モンゾンから変更)
テノール:ジャン=ポール・フシェクール
バス:ローラン・ナウリ
合唱:新国立劇場合唱団 合唱指揮:三澤洋史

「読売日本交響楽団じゃなかった」
 先ず僕は劇的交響曲「ロミオとジュリエット」という曲をほとんど知らない。生演奏を聴いたのは生まれて初めてだ。この作品、100分の大作で、ベルリオーズのアバンギャルドなところが随所に観られる作品で、この作曲家がこの時代に既に未来の音楽に手を伸ばしていた事が良くわかる。作品も標題音楽のように思っていたのだが、ドラマの本質に迫ろうとするもので、物語を順繰りに聞かせる作品とは全く違っていた。「ファウストの刧罰」のような大きな作品で、もっともっと内面に入り込んでいく作品だった。
 それだけに、演奏がぼやけていると魅力は半減する。強い統率力でひとつの方向に向かっていく音楽が求められるのだ。今宵の読売日本交響楽団は目をつむっていたら、私は読響だ!とは決して言わなかったと思う。アメリカのオケのような機能性も、時おり地方のフランスのオケが魅せる個性もあった。特に第二部あたりから、音はどんどん研ぎすまされていき、鋭角な尖った音が聞こえて来たのには驚いた。
 若干はいる不協和音的な音も、まるで20世紀の音楽を予感させるように響いた。
唯一残念だったのは、新国立劇場の合唱団の合唱がフランス語独特の日本語にはない発音で迫って来なかったところだ。フランス語は分からないが、フランス語に聞こえなかった。
2011年9月12日@サントリーホール 2階C5列とてもいい席で聞けた。



2011年9月12日@サントリーホール大ホール
ヘルベルトブロムシュテット/NHK交響楽団定期演奏会 2011年9月


シベリウス/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
ドヴォルザーク/交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界から」
指揮: ヘルベルト・ブロムシュテット
ヴァイオリン: 竹澤恭子

 2011/12のシーズンを期待させる最上の演奏。スコアをもう一度見直したからこそ聞こえてくる新しい新世界
 素晴らしいホールが多くある東京においてNHKホールは決して演奏するのに有利なホールではない。25年前にサントリーホールができた時に、同じNHK交響楽団がまったく違った音で聞こえるのに愕然としたほどだ。今でもNHK交響楽団の定期会員はサントリーホールが人気で、年間の定期会員の全席が完売になることでもその理由が分かる。今宵、私はこの交響楽団の音をきいて、愕然とした。かつてこのホールでベルリンフィルもパリ管弦楽団もウィーンフィルも、こんな素晴らしい音をこのホールで聞かせただろうか?もちろんホームグラウンドであるからホールを知り尽くしている事はあるだろう。しかし、例えば、今や80代となり巨匠となったブロムシュテットの十八番とはいえ、シベリウスの弦楽合奏が、3楽章のあの大地をゆらるようなリズムをきくと、私は生きながら天界にいるのではないかと思うほどの美しさを感じるのだ。管楽器も打楽器も、、、、35年も聞いているオーケストラだから、ほとんどのメンバーは入れ替わっているけれども。本当に素晴らしいオーケストラになった。
 竹澤恭子は急遽の代役であるが、彼女にとってもシベリウスの協奏曲は十八番。私は、20年ほど前に、アンネゾフィームターとプレヴィンの録音を聞いた時に、チョンミュンファの録音を高校の時に聞いた時に魅せられたこの協奏曲だが、今宵の竹澤の演奏は自分の個性をむき出しにしてオーケストラと競奏するのではなく、音楽の中にお互いが無我の境地で陥って演奏する狂想のように思えて仕方なかった。

 後半のもはや曲には何の興味ももてない新世界交響曲だが、演奏が良かったのは当たり前だが、ブロムシュテットは垢のつくほど演奏したオーケストラのメンバーにスコアにもう一度真摯に当たるように求めたのか。いつもと音色が違う。いや新世界ってこんな感じだよね?という演奏が全くない。国民学派の民謡のメロディ頼りの演奏ではなく、きっちしとした交響楽の構築美を聞かせてくれた。面白かった。

2011年9月10日 午後6時 NHKホール

Cプロ
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 作品30
チャイコフスキー/交響曲 第5番 ホ短調 作品64
指揮: ヘルベルト・ブロムシュテット

カラヤン/ベルリンフィルの最盛期を思わせる鉄壁な演奏。
 驚いた。こんなすごい演奏が35年以上聞いて来たNHK交響楽団の、それもNHKホールでの定期演奏会で聞けるとは夢にも思っていなかった。
 プログラムの前半、ラフマニノフのピアノ協奏曲は41才のノルウェー生まれのレイフ・オヴェ・アンスネスを招いての演奏。この演奏は高校のころだったか、ホロヴィッツのライブ盤が発売されて話題になった。アンスネスの演奏はそれとは違うが音の粒をひとつひとつおざなりにしない彼の演奏はホロヴィッツの音作りと共通するところがある。ただ、アンスネスは抜群の技術をもちながらも、それを華麗で豊麗な音で埋め尽くして圧倒するような演奏にはしないことだ。知性と品性のある演奏なのだ。だからこそ、カデンツアで超絶技巧を聞かせるときの聞き手の興奮は頂点に達する。この協奏曲は何回か生演奏をきいてきたけれど、NHK交響楽団の見事なアンサンブルもあって、この曲のライブ演奏ではベストのものとして長く記憶に残るだろう。
 正直、前半で疲れきってしまう程驚いた。しかし、当夜のメインディッシュは後半にあったのだ。
 チャイコフスキーの5番交響曲。第一楽章が始まった時に、これとてつもない演奏になるかもしれないぞと思ったのだが、前の週のブロムシュテットの新世界の時と同じく、先ずは世界の超一流のオケにひけを取らない見事な弦楽アンサンブルが心を鷲掴みにしていく。そして、奇跡は第二楽章に決定的なものとなった。そのアンサンブルに、ホルンがテーマを吹いたとき、その格調の高さとメランコリックに流れない知性のある演奏が、ロシアのオケでは演奏できない、かつてのカラヤン/ベルリンフィルが栄華を極めた時代の演奏のそれに匹敵する完璧さで迫って来たのだ。ホルンはオーボエなどと絡みながら他の楽器に主題を譲っていくわけだが、それぞれが見事としかいいようのない音楽を聴く楽しみを再認識させてくれる名演だ。
 中間部でのクラリネットと弦の呼応の見事さ。ブロムシュテットは北欧生まれのアメリカ人だ。カラヤンの演奏に比べるともう少し淡白ですきっと聞かせる。真ん中で弦のピチカートが入り、弦が再びオーボエなんかと唄うところがあるけれども、そのピチカートのくっくりさと、弦の唄わせ方がカラヤンよりも品がいいんだよなあ。特にここの第一バイオリン。こんな音をベルリンフィル、シカゴ交響楽団、ウィーンフィルといった世界のトップオブトップ以外から聞いた事がなかった。それが、あなた、NHKホール(最悪音響空間)のNHK交響楽団から聞けたんで驚いたわけですよ。
 3楽章は、乱れとまでは言わないが、二楽章の奇跡的な演奏に比べるとやや普通の演奏だったけれども、4楽章はまたまた奇跡がおきた。終幕の大合奏のすごかった事。ブロムシュテットはやや遅めのテンポで始めてたっぷり唄わせて、終幕にむけて通常のテンポくらいまで微妙に変えていく。いやあ、80代なのに、格調は高いのに若い。枯れていない。そこがいいところですなあ。ベームは晩年、チャイコフスキーを録音したけれど、もう枯れていて何かね、艶やかな魅力がなかったからな。
 この演奏はオーケストラ音楽の極みへ聴衆を連れて行ってくれました。まさに見事。見事。NHK交響楽団、いま世界でももっとも旬な演奏団体になったようです。
 この文章を書く時にカラヤン/ウィーンフィルのCDを聞きながら書いているのだが、正直、NHK交響楽団の演奏の方がいいなあ。
2011年9月16日 NHKホール

Bプロ
シューベルト/交響曲 第7番 ロ短調 D.759「未完成」
ブルックナー/交響曲 第7番 ホ長調(ノヴァーク版)
 台風のため未完成は聞けなかった。客席は2割ほどの入りしかなく、どうもいつものサントリーホールよりも残響が良かった感じ。それが、ブルックナーの演奏にぴったり。第二楽章はワーグナーの死に捧げたとも言われる楽章であるが、そこでのホルンの見事なこと。おったまげ。これがN響の弦楽合奏かと驚いた次第。2楽章で火がついた演奏は最終楽章まで衰える事なく続く。ブロムシュテットは、感情でぐいぐいおしていくのではなく、あくまでも冷静にテンポも強弱もコントロールしていたように思う。なんだろう。僕は、オイゲンヨッフムがコンセルトヘボウやバンベルグ響とやったもの、ハイティンクなどの名指揮者が演奏したウィーンフィルとの演奏がブルックナーの名演奏として心に残っているのだが、少なくともそれと並ぶ名演だったと思う。とにかくオケから聞こえてくる音が日本のオケとは思えないのだ。すごい。

指揮: ヘルベルト・ブロムシュテット
2011年9月21日 サントリーホール
 4ヶ月ぶりにジャズのライブ。20年以上前にマンハッタンのビレッジにあるブルーノートで聞いたなあ。


「ベースはベース」
 ロンカーターと言う名前は不思議だ。カーターとロン(ロナルドレーガン)と70年代から80年代の2人の大統領の名前である。ロンカーターはまさしくその時期に頂点を極めたミュージシャンとひとりだろう。僕も80年代の終わりにニューヨークできいている。しかし、その印象は強くない。ベースだからだろう。ピアノやギターやペットとも違って、ベースなのだ。今宵もギターとベースで、それもベースがメロディを担って、「踊り明かそう」をボサノバでやってりするのだが、心が引かれると言った具合にはならない。むしろベースが一歩引いてピアノとギターにスポットライトを譲った演奏でのベースの方が魅力的に聞こえた。ベースはベースなのだ。

2011年6月19日 ブルーノート東京


 僕は16才のころからNHK交響楽団を継続してきいてきている。芝居ばかりをやっていたり、テレビの仕事が忙しくて聞けなかった年もあるが、ほぼ通じて定期演奏会に通い続けている。いまもB定期サントリーホール定期演奏会の会員である。もう10年くらいかな。最近の演奏は30年前のそれと比べると隔世の感がある。最初にきいたのは、高校生のころの睦にクラシック音楽好きとともに授業をさぼってきいたプロムナードコンサートである。1000円ちょっとでの演奏会だった。小林研一郎と小松英典だったかな?2回ききにいった。1回は宮沢明子がピアノのソロでショパンの2番をやったはず。友達と、しょっちゅう裏返る管セクションに文句を垂れたり、弦が違うんだよなあ〜みたいなことを言っていたのだが、今や弦も管ももちろん世界のトップレベルとなった。それも欧米の一流オケと違い、楽員がほとんど文化背景が同じ楽団員が多い日本人だからアンサンブルの完成度が高いのだ。それに加えて素晴らしい指揮者をこのオーケストラは呼び続けた。今年のコンサートでも9月のネヴィルマリナー、12月にはデュトワ。その間にアンドレヴィレヴィン、その後にも、チョンミンフンやアシュケナージ、そしてノリントンといった世界の第一線の指揮者が控えている。そこに若手有望株も加わるのだから素晴らしいに決まっている。

 サントリーホールの定期演奏会は毎年7月の年間定期会員の募集ですべての演奏会のチケットが売切れる。しかし、NHKホールでの演奏会は、3階の自由席などは、誰でも1500円で聞かせてもらえる。世界でももっとも安く一流オーケストラをきける機会なのだ。例えば、秋にはネロサンティがオペラ「アイーダ」の全曲を演奏する。現存する指揮者の中でイタリアオペラに関して最も権威のある最高峰の指揮者だ。だから連れてくる歌手も素晴らしい。衣装やセットはないが、その超一流の演奏をたった1500円できかせてくれるのだ。12月にはこの欄でフィラディルフィア管弦楽団の来日公演で紹介したデュトワが演奏会を開く。やはり1500円から。フィラディルフィア管弦楽団ならS席30000円である。今年のショパンコンクールの優勝者とショパンのピアノ協奏曲などを奏でてくれる。

 ぜひ、NHK交響楽団のホームページを見て日時を確認して欲しい。そして、是非尋ねて欲しいのだ。







ネヴィルマリナー指揮 
シベリウスバイオリン協奏曲(ミハイルシモニアン)
ベートーヴェン交響曲第7番 ほか

 2010/11年の開幕コンサート。NHK交響楽団は素晴らしい成果を残した。もう何回もきいたベートーヴェンのシンフォニー。何か新しいとか特異なことはなにもない。そこにはただ音楽を奏でる86才のイギリス音楽の至宝と80周年を越えたオケの伝統がただただ誠実に奏でることだけをしていた。品のいい演奏だった。アンサンブルやピッチもよく久々にきいたNHKホールでの定期であったが、昔きいたあのざらざらしたNHK交響楽団の音はどこにいってしまったのかと思ったくらいだった。舞踏のシンフォニーは観客の心をワクワクさせずにはいなかった。
 前半のコンチェルトも、ムターとカラヤンの名盤を思わせるような演奏だった。シモニアンという若いバイオリニストは初めて聞くのだが、技巧はあるのだが、それだけに走らない骨太な演奏をするなあと感心した。3楽章になって自らを解放して演奏していたのも楽しかった。どこの人かなと思ったら、ロシア、それもシベリア、ノヴォシビルスク出身らしい。もしも、尊敬するヴァイオリニストは?ときいたらオイストラフ!!!と答えそうな演奏をする人だった。名前を覚えておきたい。な 9月10日(金)1階11列25番



ネルロサンティ指揮 ヴェルディ作曲 歌劇「アイーダ」全曲 演奏会形式
 指揮|ネルロ・サンティ エジプト王|フラノ・ルーフィ アムネリス|セレーナ・パスクアリーニ
アイーダ|アドリアーナ・マルフィージ ラダメス|サンドロ・パーク ランフィス|グレゴル・ルジツキ アモナズロ|パオロ・ルメッツ エジプト王の使者|松村英行 女祭司長|大隅智佳子 合唱|二期会合唱団
 ネロサンティの指揮のヴェルディであるから素晴らしいものになることは多くの人が予想していた。しかし、その予想をも越えた素晴らしい演奏だった。歌手と音楽が主導する素朴な時代のオペラの素晴らしさを歌い上げた。歌劇においては、とにかく声とオケが主役なのだ。弦はつややかに響き、管は咆哮する。二期会の合唱からこんなに深い響きをきいたのは初めてだと思う。特にイタリアオペラで!昨年見たミラノスカラ座の来日公演と遜色違わない素晴らしい演奏だった。ネロサンティは、オケ中心の歌わせるところは遅めのテンポ。合唱や歌唱が入ると早めのテンポに切り替える。メリハリも微妙さも兼ね備えた素晴らしい演奏。クラシック音楽が好きで東京に住んでいてこの演奏会に行かなかった人は損をしたなあ。何しろ定期演奏会。3階じゃ1500円で聞いている人もいるんだもんな。今日はほぼ満席でした。
 歌手たちは大スターではないが、渾身の歌唱で重責を果たした。いわゆるアイーダの凱旋行進曲の時のアイーダトランペットの音が守りに入り、一度ひっくり返ったこと。アドリアーナナルフィージのピアニシモで声がかすれたこと、素晴らしい声を詠唱ながら息継ぎの場所がなあと思わせた大隅智佳子。敢えてケチを付けるとしたらこのくらい。ラダメスを歌った韓国の若手歌手サンドロパークの素晴らしいこと。パバロッティでもドミンゴでもない、声に色気が少しないが、子供っぽいな声なんだけれど、いやあ、すばらしい。久々にテノールを聞く楽しみを味わった。使者の松村英行はどの音域も素晴らしい。キャスティングされた欧米の歌手が苦手な音域があるのに、それがない。ランフィスのグレゴルルシツキ良かったですね。アモナズロのパオロルメッツも。とにかく知らない歌手ぞろい。ああ、とにかく言えるのは、このアイーダ演奏はNHK交響楽団で、故ホルストシュタインとの「パルジファル」1幕の演奏を思い出させるなあ。
 あの時もこんなにできるんだ、僕らのオケは!って嬉しくなったけれども。もうそれ以上。いやあ、嬉しくて、1階席の端からブラボーコールをする僕でした。2010年10月17日



アンドレプレヴィン指揮/ピアノ 
武満徹/グリーン 
ガーシュウィン/ピアノ協奏曲へ長調 
プロコフィエフ/交響曲第5番

 昨年よりまた少し足取りが重くなったのが心配だったけれども、音楽はホントに軽やかでしなやかで何よりも品格のあるロイヤルな演奏だった。プレヴィンはハリウッドでも仕事をした人なのに、決して、聞かせようとか、鳴らすといった音作りをしない。楽団のハーモニーをきっちり作った後は、音楽そのものにすべてを委ねるような音楽だ。何て品がいいんだろう。嫌らしい自己顕示がまったくといってないのだ。今宵は堀正文と篠崎史紀というツートップがそろい踏みで、こういうの久々?初めて?
 グローンは冬の京都の寺か、いや森の下草と苔、そして靄を流れていく空気のようで、ひんやりとしている。そんな色合いの短い楽曲。そこそこの編成ながらも室内楽のようなハーモニーを出す今日のN響に期待はさらに高まる。ガーシュウィン。プレヴィンのピアノはピアノを叩くようなことをしないので、大音量で聞こえてくるそれとは違うが、絶妙なブルースのメロディと激しくリズムを刻むガーシュウィン独特のそれがとても愉快で、でもどこかにロマン派の音楽を奏でるような艶やかさがあって、プレヴィンならではの演奏だった。そして、プロコフィエフ。うわー!すごい。すごい。すごい。しかし、不協な音にこめられた愛情がどれほど不思議な魅力を放つか。42分の万華鏡のような音楽だった。来年は3つの定期に登場するプレヴィン。どうかご自愛の上、素晴らしい演奏を聴かせて欲しい。
 2010年11月14日 NHKホール



シャルルデュトワ指揮
ブリテン作曲「戦争レクイエム」

 大曲である。生で聴くのは始めてである。昔CDで聞いた時、難解で途中で辞めた。図書館から借りたCDはダビングしてしまう学生だったが、もういいやと思ったのだ。今回もシャルルデュトワだから聞いた。いったいどんな演奏をするのか楽しみだった。聞いてみると、20世紀の鎮魂歌だった。名もなく無念に亡くなっていった人への鎮魂と救済。音楽は美しく研ぎすまされていたものだった。NHKホールの大きなオルガンに照明が当たっているので、ヒサビさに聞けると思ったら、サンサーンスのオルガン交響曲のように、オルガンに空間を支配させるのではなく、オルガンをオーケストラの中に溶け込ませていた。デュトワの創り上げる造形美は見事だ。隣の席のおじさんが変な人で困ったこともあって、85分間退屈する暇などなかった。この曲、また、いい演奏の予感がしたら是非とも聞きたいものに、この演奏をきいたおかげで変わった。この曲はCDなど録音できくものではないな、ああ、やっぱりライブっていいな、と思った。NHK交響楽団は本当に素晴らしいオーケストラだと再認識したのもそう。この曲、大編成のオーケストラと室内楽的なものが対比される。そのどちらもが見事だった。東京混声合唱団のコーラスは、欲を言えば何かもうひとつというものだけど、贅沢な悩み。
2010年12月11日 NHKホール


シャルルデュトワ指揮
ピアノ Pロラン・エマール
ラベル ピアノ協奏曲ト長調
ショスタコーヴィッチ 交響曲第8番

 おったまげた。デュトワとNHK交響楽団の演奏は1987年の初共演のころにも聞いていて、「ファウストの拷罰」をやった時には、感心した思いもあるけれど、例えばデュトワがフランスやカナダのオーケストラと来日するときの演奏と比べるといささかレベルが落ちるなあと思っていたことも確か。それが、今宵の演奏は何だろう。オケはフランスのオーケストラとは言わないけれども、ラベルの音楽のスゴく微妙な色合いまで見事に演奏しきっているのだ。エマールのピアノは非常にフランスの語彙力の強い演奏で、さらに、この曲のジャズ的な風合いを非常に重んじた演奏だったと思うけれども、それは、それはオケもピアノもお互いにいい関係で演奏していて、最初のオモチャ箱をひっくり返した出だしから、面白かった絵本を閉じる音がぴしゃっと聞こえるような、最後の幕切れまで透徹した音楽美があった。それは、もはやかつてデュトワときいた欧米のオーケストラのレベルを超えるというか、それとはまた別の風合いをもった見事な演奏になっていたのだ。日本のオーケストラというよりもNHK交響楽団の個性とでも言っていいのかなあ。微妙な潮加減のきいた素晴らしい演奏だった。
 エマールは、アンコールにメシアンの前奏曲から「静かな嘆き」というのをやってくれたが、何かこれも良かったなあ。
 さて、後半のショスタコーヴィッチ。聞いていて楽しい作曲家ではないひとり。僕にとっては。。何か一大プロパガンダ見たいのを書いたりするものだから、天の邪鬼の自分は苦手のはずなのだが、デュトワとNHK交響楽団は、ここでも見事な風合いと鋭角な音とリズムを、素晴らしいアンサンブルでサントリーホールの空間に放ち、僕はたちまち虜になってしまったのだ。何か乱暴な音が全然ない。音や音量に任せて表現するところが一切ない。ショスタコーヴィッチがきいたら、おったまげると思う。デュトワとNHK交響楽団だったら、もう何でも聞いてみたいと思わせる演奏だった。サントリーホールのチケットプラチナチケットだなあと思えてきた。 2010年12月16日 サントリーホール


チョンミンフン指揮 バイオリン独奏 ジュリアンラクソン
ベートーヴェン作曲 バイオリン協奏曲
ベルリオーズ作曲  幻想交響曲

 人気のチョンミンフンがNHK交響楽団を指揮するというのでききにいった。12月にベトナムできいた協奏曲はもちろん別物の装い。リトアニア出身のラクソンのバイオリンは、オイストラフを始めとするロシア系の演奏をすると思っていた。ユダヤ人でもあるときいてますますそう思った。音の固まりをどかーんと飛ばしてくるユダヤ系の演奏と違って、骨太ながらも繊細で知的な演奏だった。チョンミンフン指揮するNHK交響楽団は安定しているのだが、いまひとつグルーブ感が足りなかったようにも思う。第3楽章などは非常に繊細なフレージングで魅力的だったけれども。オーケストラをさかんに焚き付けるような感じで良かったなあ。もうちょっとNHK交響楽団がソリッドな音作りをしたら面白いと思う。NHKホールは巨大なので意識しないとぼわっとした音になる。
 幻想交響曲はチョンの十八番だ。僕も何回かきいてるし、CDでの録音も名演だ。全く揺るぎのないテクニックに、繊細にフレージングを作って行くチョンの技量はやはり大したものだし、このオーケストラもそれに見事に答えていた。満杯のホールの観客は待ちきれずにブラボーコールをしていた。
 2011年2月6日 NHKホール

チョンミンフン指揮 藤村美穂子独唱
マーラー作曲 交響曲第3番
NHKホールの巨大な空間にぎっしり詰った観客は、NHK交響楽団のこの名曲への献身的な演奏と、ダイナミズムと微妙な色合いを見事に描いた演奏に驚嘆した。NHK交響楽団はここまで演奏できるのかと驚嘆した。そして、藤村の深く味わいのある唄よ。いやあ、行ってよかった。
2011年2月12日 NHKホール


ロジャーノリントン指揮 
ベートーヴェン作曲 交響曲第4番 ピアノ協奏曲第5番「皇帝」ほか
ピアノ/マルティンヘルムヒェン

ノリントンは10年以上前にヨーロッパのオケ(確か、シュットガルト)と来日した時にきいて、こりゃいいやと思っていた。それがN響に来る!先年のNHK交響楽団との共演はどうしてもいけず悔しい思いをした。今回の来日も全てのプログラムを聞きたかったのだが聞けたのがこれである。ピリオド奏法云々の話はどうでもいい。
この指揮者はまったく新しい光をクラシック音楽に与えてくれたことは間違いないのだ。活き活きとした躍動感あふれる音楽に心を動かさない聴衆はいるのだろうか?
 ピアノ協奏曲も悪くはないが、交響曲の方が断然面白かった。いつものNHK交響楽団の音とは全く違う息づかいが聞こえてきたからだ。3年連続で来日してヴェートーヴェンの交響曲を全部やるという。この人、後期ロマン派までやる人なので楽しみで仕方ない。
 僕の言葉でいってもあれなので、これは田園交響曲の冒頭だし、音もあまり良くないのだが、聞いてみて欲しい。違うから。

2011年4月28日 サントリーホール


尾高忠明指揮 
Rシュトラウス 英雄の生涯 ほか
 これだけ長くきいてきて尾高さんの指揮で音楽をきくのは初めてだ。オペラでは一度聞いた事があるかもしれないが、印象がない。定期演奏会でも尾高さんの指揮のときはいつもパスしていたくらいだ。何だろう。期待していなかったのだ。
 今日も、もう1曲あった尾高さんのお父さんの交響曲1番は、パスしてもいいかなと思ったくらい。聞いてみると、欧米文化への憧憬の思いがにじみ出る佳作。きいていて不愉快ではないが、だからといって聞き込みたくなるようなエネルギーを感じられる曲でもない。
 こんな具合でこの日も尾高さんはどうでも良かった。5月の尾高さんのコンサートにはウィーンフィルのコンサートマスター、ライナー・キュッヒル氏がゲストコンサートマスターとして演奏するという。キュッヒル氏は元々、別団体で来日する予定だったのだが、それが東日本大震災でキャンセルになった。それで、この組み合わせが急遽実現したものと想像する。で、僕は英雄の生涯のバイオリンソロ部分をぜひとも聞きたいと思って出かけたのだ。
 NHK交響楽団はシカゴ交響楽団のような技術で押しまくり、サヴァリッシュさんが指揮したときにも出さなかったような艶やかな響きを存分に出しつつ、決してキュッヒルさんのソロだけが聞きどころでない素晴らしい演奏をした。とにかく音が良くなっていた。尾高さんって力のある指揮者なのかなあ。僕の尾高さんの評価は決まった訳ではないが、ちょっと気になる指揮者になったことだけは間違いない。
2011年5月8日 NHKホール


指揮/ウラディーミル・アシュケナージ ピアノ/アレクサンダー・ガヴリリュク
プロコフィエフ / 組曲「3つのオレンジへの恋」作品33a  ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 作品16 シベリウス / 交響詩「大洋の女神」作品73 / 交響曲 第7番 ハ長調 作品105
 アシュケナージは退屈な音楽をする人だと思っていた。前に聞いたのはもう10年以上も前のチェコフィルとの来日のベートーヴェンの第9交響曲だ。今日もいい演奏だった。見事なガブリリュクのピアノと美しい音を奏でるオーケストラ演奏を楽しんだ。アシュケナージの指揮は、何か突拍子もないことをするというわけでも、戦略的な演奏をするわけでもない。丁寧に無骨に音楽を練り上げて行く。もう少しお客が喜ぶ鋭敏な瞬間を見せて欲しいなあと思うのだが、NHK交響楽団の弦も管も欧米の一流の管弦楽団のそれと同じくらいになっていた。特にプロコフィエフのピアノ協奏曲のオケ伴は見事だと思った。
2011年6月4日 NHKホール
指揮:ペトル・ヴロンスキー ピアノ:清水和音
モーツァルト/ピアノ協奏曲 第24番 ハ短調 K.491
《マーラー・イヤー・プログラム》マーラー/交響曲 第5番 嬰ハ短調

 


「驚異的な成功をおさめた読売日本交響楽団とブロンスキー」

 読売日本交響楽団の演奏会に久々でかけた。僕の長年の友人が去年から事務局に入り、聞かないかと誘ってくれたのだ。始めはちょっと躊躇した。ブロンスキー?聞いた事のない指揮者。どうも地震の影響で元々の指揮者がキャンセルしたために呼んだ人らしい。マーラーの5番。疲れる。行くかどうか考えたのだ。
 しかし、その友人はつまらないものだったら呼ばないと確信していた。そういう男なのだ。それに、もう読響を何年も聞いてないじゃないかと思った。
 ちょっと、僕の読賣日本交響楽団の印象というか、いろいろ。
 前に読響をきいたのはテルミカーノフ指揮だった。ちょうど、ニューヨークで久々にニューヨークフィルをきいたのだ。ニューヨークでは10年ぶり以上できいた。というのも、ラッシュアワーコンサートというのをやってて、じゃ聞こうというわけだ。その前は、向こうに住んでいる時にバーンスタインの指揮で一度行った(マーラー3番、その時の演奏はCDになってます)。その後、旅行でニューヨークにいる時には、わざわざ貴重な滞在時間でニューヨークフィルを聞く気になれなくて、基本的には、僕は芝居をブロードウェイで見て、メトでオペラを楽しみ、コンサートに行くにしてもカーネギーホールのプレミアなコンサートをきくだけと決めているのだ。
 ちょうど旅行に行った時に、7時前から始まる1時間の短いコンサートがあった。これなら、終わってすぐ、隣のメトでやるオペラも見られるしってね。誰でも良かった。何でも良かった。アビリーフィシャーホールでニューヨークフィルを聞く。これでよかった。で、行った時に確か「春の祭典」だったと思うのだけれど、振っていたのがテルミカーノフ。知らなかった。もしかしたら10年以上前なのかなあ、いつごろだろと思って調べてみても、この10年はテルミカーノフ、ニューヨークでラッシュアワーコンサートやってないみたいだから。
 で、ま、とにかくニューヨークフィルを振るのをきいて、こりゃいい指揮者だ、見つけた!と思って。帰ってきたら日本でも読響も振るというので聞いたのだ。池袋だったと思うけど、ロシアもので。それが、それも、良くて。でも本当に10年以上前かもしれない。となると、10年くらいも読売日本交響楽団の演奏会に行ってない事になる。
 それ以前の読響の記憶といえば、日比谷公会堂で、アンタルドラティを指揮者に迎えてやったマーラーの「巨人」。新宿文化センターで、クルトマズアの指揮でも聞いている。それくらいの思い出しかない。もう25年以上前。というわけで、あんまり読売日本交響楽団と縁がない。一度、ロジェストヴィンスキーでも聞いたと思うけども。あとオペラとかでピットに入っているかもね。
 僕はオーケストラは来日ものを中心にきいてきた。とにかく世界で一番いいものをと思っていたから、日本のオケは35年くらい前からNHK交響楽団をメインにきいてきた。あとは、20世紀は小澤が振っていた新日本フィル、21世紀になってからは昨シーズンまで東京フィルとまあ、そういうのは、定期会員になって継続的に聞いてきた。そうなると、それ以外の日本のオーケストラを聞く機会が本当に少なくなるわけです。
 あと、読売日本交響楽団と言えば、30年以上前に、定期演奏会にカールベームを呼ぶと発表して話題になったことがある。みんな来ない、来るわけないと噂していたら、やっぱりこなかった。僕が中学生のころの話です。かわりにチェリビタッケを呼んだ。幻の指揮者だったから。で、すごく話題になった。もう1回きたかなチェリビタッケ、読響に。中学の時の同級生に高橋君っていって、読響でチェロ?いやコンマスかなやってた人の息子がいて、チェリビタッケ!がすごいって言ってたけど、まあオヤジが言ってたのを受け売りしたんだと思う。
 まあ僕は行ってないんであれだけど。その後、20歳過ぎて、チェリビタッケをミュンヘンフィルの来日できき、その後も香港でのコンサートも聞いたけれど。全部で4−5回くらい聞いたのかな。話がずれた。
 それから、読響ってロリンマゼールを呼んだり、ちょっと派手なことが好きという感じがしていた。

 まあ、とにかく、あんまり縁がなかった。聞きたい指揮者はいたんですよ。最近なら、アルブレヒトとか、スクロヴァチェフスキとか。昔ならオッコカムとか。テルミカーノフもその後も来ているし。でも縁がなかった。
 
 で、呼んでもらってききにいった。正直いうとモーツアルトのピアノ協奏曲きいて退屈しちゃって、帰ろうかな、と。清水和音さん、こんなものなんかって。第一バイオリンのピッチの併せ方とかもイマイチという感じでね。でも、帰るのも悪いなと思ってつまんなかったら寝ちゃおうと思って席に戻った。

 ブロンスキーって指揮者は24年ぶりに読響を振るチェコの指揮者らしいけど、知らなかった。24年前に呼ばれて、それから呼ばれなかった。そんな人、期待できません。今回は震災で指揮者がキャンセルして代役。本当に期待できませんよ。もう一度言います。帰ろうかと思ったけれども、チェコの指揮者だし、1階のどセンターの12列目くらいの素晴らしい席だったんで。

 そしたら、このマーラーはすごかった。


 マーラーの交響曲5番は、これも今から30年ほど前にに、シカゴ交響楽団とゲオルグショルティ(欧米ではジョージショルティ)で聞いたのが最初で、すごいなあって。それから、シノポリとフィルハーもニア管弦楽団が、サントリーホールのお披露目かなんかでやったと思うし、まあ何回か聞いてる訳です。
 でも、今宵のが今までで一番良かった。まさか、こんなすごい演奏をきけるなんて24時間前は想像もしていませんでした。曲が始まってすぐに、これすごい事になるかもと思って、自分の心に感じる事を書き留めたくなり、メモを書いたくらいです。

 冒頭、ブロンスキーはおじぎをして、全てをトランペットに任せました。そして、あの哀愁漂う叫びのようなトランペットのソロ。これが良かった。で、合奏から指揮棒を降り始めた。テンポが非常に遅い。え!このテンポでやるのか?テンポが遅いってのは危険なんです。粗がどんどん浮き彫りになる。そしたら、悪いどころか、今まで見えてこなかった曲の構造が見えてきて、聞こえていなかった音が聞こえてくる。 いろんなメロディをこの指揮者はきちんと歌わすんです。弦や木管楽器のセクションだけでなく、大太鼓やティンパニまで歌わす。驚きました。こんなに素朴でこんなに心にしみいる音楽がいま鳴り響いている!。
 でも、まだ思っていた。メリハリをつけるために一楽章だけ遅いのかなと。そしたら、違った。2楽章もテンポは遅く、そして、歌わせる。先ほどのモーツアルトの弦と全然違う繊細な音。ピアニシモが研ぎすまされていて美しい。しかし、音に酔っている感じでないのがいい。で、この指揮者の素晴らしいところは、きちんと中音部、低音部の弦をどーんと歌わすのです。読響の楽団員たちも、ベルリンフィルがかつてカラヤンの指揮のときにやっていたような、全身をフルに使って演奏する。疲れるぞあれ!それも、この指揮者、歌をひとつの色で染めない。藍色、緑、オレンジ、紫、いろんな色を提示させ、それが、ホールの中で混じり合う。そして、消えて行く。
 2楽章の後半にチェロだけでしばらくテーマを奏でるところがあるのですが、今までの演奏では全体の中に埋もれてしまって僕の五感にドカーンと来なかったのですが、今日は別でした。こんなテーマがあったのかと思ったほど驚いた。それも一色でないからこそ新鮮に響くのです。
 この指揮者は60歳くらい。でも無名です。でも、アイデアがあった。
3楽章になって、主席ホルン奏者を後ろに立たせた。まるで3楽章はホルン協奏曲の様にホルンの音を存分に聞かせた。そして、あのワルツのメロディを!!!
 4楽章は音楽がもっと繊細になっていきます。まるで、楽想が沸き、歌い、混ざり、崩れていくといった趣きがあります。この楽章ではそこにポイントをもってきて指揮棒をおいて、両手で繊細に見事に表現していた。
 終楽章が演奏されているとき、僕はマーラーの交響曲5番をこれほどまで素晴らしく、新鮮にきかせてくれているのが、あの読売日本交響楽団で、そして、それを指揮しているのが見知らぬチェコのブロンスキーという指揮者であることを信じられませんでした。シカゴ交響楽団の来日で何回かきいたマーラーの5番を遥かに凌駕した奇跡の名演奏でした。一生忘れないコンサートです。読響おそるべし。きっとこのコンサート、東京の音楽ファンの中で語り継がれるコンサートになったと思います。別のドヴォルザークのプログラムも聞いてみたかったです。
 

2011年5月23日 サントリーホール
バイオリン/古澤巌  ピアノ/高橋悠治
ブラームス/バイオリンソナタ 第1楽章
フランク/バイオリンソナタ 第2・3楽章
シューマン/バイオリンソナタ第2番
  


古澤巌は近年、純粋なクラシック音楽の演奏よりもそれ以外の音楽活動に力をいれているように見えるが、この日は名ピアニスト高橋悠治を迎えてロマン派の渋いバイオリンの曲を並べたコンサートを行った。古澤は20年ほど前にはもっと鋭角な感じのする演奏をするイメージがあったが、近年のポップスやジプシー音楽などさまざまな演奏をしてきたことからか、音楽がいい意味で円みを帯び、ブラームスなど力のいれ具合が絶妙で驚いた。途中にMCを挟みながらのコンサートだった。
 ということで、ブラームスには変な重さがないし、フランクの歌心もとても良かった。いや丁寧で唄ごころのある演奏だった。ボウイングが丁寧で力が最後まで抜けていないから音がちゃんと響く。フレージングの中できちんとまとまり、それが全体の構成の1部として機能している。高音なんかがキーキー来ない。
 後半の大曲、シューマンのソナタは少しテクニック的に荒いかなあと思うところも散見されたが、高橋悠治とともに音楽を骨太にとらえる演奏はとても好感がもてた。古澤巌のクラシックの演奏会をききたい。ただし、MCは良くない。壊れた森進一のようなしゃべり方で、音楽の余韻もあったもんじゃない。聞く側の集中力が切れてしまう。ファンへのサービスというのは分かるが、話すのならきちんと戦略的にやってもらいたい。音楽がきちんとしているだけに、そこは素人のそれだった。
 また、当日のプログラムとしては、高橋悠治氏のソロ曲を20分くらいひとつ入れるともっと魅力的で集客にも良かったのではないかと思うのだけれども、どうでしょう?

2011年2月6日 白寿ホール


 東京フィルハーモニー交響楽団は東京にあるプロのオーケストラの中でももっとも良心的で素晴らしい演奏会をしているオーケストラのひとづである。10年ほど前にふたつのオーケストラが合併して新時代を迎えた。そして、このオーケストラは事実上、新国立劇歌劇場管弦楽団でもある。ワグナ、リヒャルトシュトラウスから、プッチーニ、ヴェルディ、モーツアルトまでいろいろのオペラの、そして、バレエの演奏を担ってきた。いまや、日本ではどのオーケストラもその演奏歴には叶わない。そう音楽を詠うオーケストラでもあるのだ。
 そして、このオーケストラの呼んでくる指揮者の素晴らしいこと。エッテンガーという若い指揮もそうであるが、2010/11年のシーズンも、ヘススロペスコボス、チョンミンフン、大野和士、フェドセーエフといった指揮者を迎える。既にNHK交響楽団の定期会員だった僕は、東京のオーケストラが素晴らしいのでいろいろのところをきいてきた。都響、読売日響、新日本フィル。特に新日本フィルは長く定期会員だったのだが、そこを辞めて東京フィルの定期会員になって、もう5年以上が経つ。
 行けない演奏会も多いのだが、取りあえず座席を抑えておこうと思わせる魅力的なプログラミングなのだ。





 チョンミンフン指揮
 モーツアルト交響曲 39番 40番 41番「ジュピター」

期待以上のモーツアルト
 モーツアルトの最後の三つの交響曲を東フィルがチョンミンフンの指揮でやるというので聞きにいった。チョンはロマン派以降の大曲や民俗音楽の要素が強いもの、フランスものなんかは安心していけるのだけれど、どうもドイツ物は心配。特に、難解な3曲であることは間違いない。
 ところが思っていたより良かったのだ。39番の前半くらいまでは音ががざがさしていた感じが拭えなかった。バイオリンから艶やかな音が聞こえて来ることも少なく、まあ、こんなもんだよね。と思っていたら、途中からドライブが掛かったのかなあ。どんどん良く鳴っていく。作りすぎることもなく、ただのっぺりもせず、ただただ、音楽の悦びに溢れたモーツアルトの洒脱が、それも21世紀のアジア人の演奏でのそれが聞こえた気がする。へえ、こんなたいそうなことできるんだ。僕はマーラーの交響曲や先年ここでこのペアできいたトゥンガリラ交響曲よりもずーーーーっと驚いたのだった。
 2010年11月25日 東京オペラシティコンサートホール
ベートーヴェン バイオリン協奏曲 交響曲第6番 田園
指揮: Lê Phi Phi バイオリン: Nguyễn Hữu Khôi Nam



 ハノイに出かけてみるとちょうどベトナム国立交響楽団の定期演奏会が開かれていたので言ってみた。ハノイのオペラハウスは欧米にある一流のオペラハウスの音響とはまったく別次元のデッドなホールで、演奏者の実力がそのまま伝わってしまうホールだった。昔の日比谷公会堂のような音響といったらいいかもしれないけれど。
 オーケストラの団員を見るとほとんどが若い。もちろん40代以上だろうと思う人もいるけれど若い人が多い。そこに驚かされた。こんな若い人ばかりのオーケストラは何か日本の学生オケにも似た感じがしたからだ。東京にあるオケでは考えられない陣容だ。考えてみれば1975年までのベトナム戦争とその後のカンボジアとの紛争でこの国はつい25年ほど前までなんだかんだで戦争の国だったのだ。きっと音楽などをやってる余裕がなかったり、音楽をやっていても兵役に取られたりと大変だったんだと思う。このオケの歴史はもっとあるようだけれども、実際にオーケストラとして機能し始めたのはきっとこの20年あまりだろう。オケの技術は高くない。楽譜も正確に読んでいないなあと明らかに分かるところもあって、時々痛々しい。それでも、オケの熱意と合わせようという熱意はものすごく伝わって来て、そこから音楽をする心が伝わって来る。指揮者は、細かいところのミスを最小限にするためか、両曲とも早めのテンポでまとめあげようとしていた。それがベートーヴェンの真面目な音楽とマッチングしていて、演奏会の中ごろからは来てよかったと思うようになったのだ。
 協奏曲の独奏者はきっと国外で勉強された方なんだと思う。綱渡りだったけれども、この大曲をやり遂げた。いろいろの問題はあるものの、こういう積み重ねがオケの成長につながるのだと思う。後半の田園ではとにかくオケの団員の気持がまとまろう、共に作り上げようという思いが痛いほど伝わって来た。バイオリンはきっと日本のオケのそれと比べるときっと劣るものかもしれないけれど、途中からこのデッドなホールにも関わらずきちんとピッチも会うようになって良かったし、それ以上に、オーボエとフルートが歌心溢れるとてもいい演奏をしていた。この田園はベトナムの田舎の水田を思わせるような田園だった。田植えの時期に降る雨、雷、台風。収穫の稲刈り。何かそういうものを感じさせてくれたのだ。

ハノイオペラハウス
2010年12月4日
最新記事
(11/30)
(11/18)
(11/03)
(10/04)
(09/19)
(08/28)
(06/25)
(06/10)
(12/30)
(02/21)
(12/31)
(09/28)
(06/09)
(05/12)
(12/31)
(09/08)
(06/02)
(02/09)
(01/10)
(12/31)
(10/17)
(10/13)
(08/02)
(04/11)
(12/31)
プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
カレンダー
06 2020/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新CM
[08/24 おばりーな]
[02/18 清水 悟]
[02/12 清水 悟]
[10/17 栗原 久美]
[10/16 うさきち]
最新TB
バーコード
ブログ内検索
カウンター
忍者ブログ [PR]