佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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ブレッドラトナー監督
ベンスティーラー・エディマフィー・マシューブロデリック・アランアイダ

「ニューヨークを味わいながら楽しく過ごせる2時間」
 ニューヨークのいろんな風景の取り入れ方が見事である。ニューヨーカーなら誰でも知ってるコロンバスサークルにあるトランプタワー。そこが舞台。ニューヨークのサービスやってる人はこんなに楽しい人ばかりじゃないけどなあと思いつつ楽しく見た。シャカシャーキーという新しい人気ハンバーガー屋さん。マンハッタンに何軒もあるんだけど、その8番街43丁目の店が出てきたり。感謝祭のメーシーズのパレードが出てきたり。
 金融マンに一般人が合法的に金を奪われることは良くあり得る。でも、泣き寝入りがほとんど。そんな事件も多く起きたから、こんな夢物語もいいじゃないか。名うての俳優が見せる楽しい映画である。そして脇役の俳優の味わいのあること。脇役は出番が少ない、台詞も少ないから、出てきてアップでなくても一瞬で観客の心をとらえなくてはならない。そういう俳優がどれだけいるんだ、この国は!傑作ではないが、見ていて楽しい。ニューヨーク好きに特にオススメしたい。
2012年4月16日@機内映画
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リドリースコット監督
レオナルドディカプリオ
ラッセルクロウ



「巨匠の手腕が光る社会派エンタティメント」
 監督の名前で映画をみる。そんな監督は世界でも少ない。しかし、リドリースコットはまぎれもなくその一人である。見ていて面白いなあ、誰が監督だろうと思って最後のクレジットでリドリーの名前を見て、なるほどねえと思った次第。名匠なのだ。
 今回もアメリカのテロとの最前線の実情を丁寧に描きながら、アクションとスリル、そして人間ドラマがものすごくバランス良く仕上げられた作品になっている。分かりやすい善悪の色付けを出演者にしない距離感も見ていて心地よい。ディカプリオもラッセルクロウも、そして、名前の知らない中東系の俳優さんもみんな非常に生き生きと映画の世界に生きている。
 大人の鑑賞に十分耐えうる作品に仕上がっている。リドリースコットは名匠だと改めて感じさせてくれた。

2012年4月15日@機内映画
矢口史靖監督・脚本
五十嵐信次郎(ミッキーカーチス)


「観る者を幸せにする矢口映画の新作」
 矢口映画は観る者を幸せにする。「ウォーターボーイズ」「スゥイングガールズ」と若い世代のほろ苦い挑戦を通して何か生きていく面白さを教えてくれた。そして、今回の主役はミッキーカーチスさんだ。このキャスティングがものすごく旨い。俳優だけやってる人でない、いい意味での役との距離感がうまいんだよなあ。
 この作品でも電機会社に勤める中年直前のダメサラリーマン三人組と一人暮らしの孤独な老人の作る世界がいい感じで明るい。人生をポジティブに描いているのだ。リアル感も大切にはしているが、例えば、観客がひいてしまうような金属アレルギーの症状は漫画のようなメークの処理である。観客に優しい監督なんだなあとつくづく思った。一方で老年のミッキーさんのケツを見せてみたり、二枚目の田辺誠二にカッコいいシーンを全く与えずヘンテコ夫の姿だけやらせてみたり何か面白いんだよなあ。うん、何か見ていて楽しくなったぞ。家族で笑いながら見て頂きたい映画である。オススメ!観る前に、ポップコーンとかケンタッキーとか用意してみよう!

2012年4月15日@機内映画
ガイリッチー監督
ロバートダウニーJr
ジュードロウ


「ガイリッチーはもうちょっといいや」
 このヘンテコな映画作りは何だろう。ハイスピードカメラによるスローモーションが山ほど使われる。そして、通常のドラマはどんどん飛ばされるスピード感。雰囲気はあるけれどそれだけ。ギャグと思ってやっていることも悪趣味。好きでない。
 ロバートダウニージュニアもジュードロウも演技派として一流なのに、いいのかこんな映画に出てしまって。


2012年4月16日@機内映画
ジュリータイラー演出
ボノ 音楽


「まるでアミューズメント施設のアトラクション」
 傑作映画「スパイダーマン」1作目の舞台化、それもミュージカル化である。アクロバットのシーンでけが人が出て作り直しと報道もされた。2年ぶりのニューヨークで大変楽しみにしていた作品だ。そして、がっかりした。
 着ぐるみやサーカスのようなアクロバットも、フライングも確かにすごいのだが、それが演劇的空間として成立しているのかというとポジティブに語れない。まるでアミューズメントパークのアトラクションなのだ。仕掛けはスゴいが、演劇としては一流ではない。これが僕の結論だ。僕は始まって10分もたつとすっかり飽きてしまった。高いチケット代(160ドル)を払って観るもんじゃねえと思った。話題作なのでいい席を抑えたのに、なんじゃよコレと強く思った。
 ボノの音楽もダンスもイマイチ。ダンスもアクロバットはあるのだが、ミュージカルの中のダンスはただ踊ればいい。ただ激しく踊ればいいというわけではなく、登場人物の心が投影されていなくてはダメで、どのダンスもそうはなっていないのだ。
 期待していただけにがっかり感は果てしない。フライングで飛びまくるスパイダーマンに子どもたちは大喜びだ。でも、それはやっぱりアミューズメントパークのアトラクションのノリなのだ。

2012年4月14日@フォックスウッズ劇場



Conductor: Fabio Luisi
Manon: Anna Netrebko
des Grieux: Piotr Beczala
Lescaut: Paulo Szot
Comte des Grieux: David Pittsinger
Production: Laurent Pelly
「マノンというよりもネトレプコ」
 このマノンのプロダクションは日本で2010年に見た。そう、ロイヤルオペラの来日公演で見たものと同じなのだ。プログラムをよく見てみると、メトロポリタンオペラ、ロイヤルオペラ、ミラノスカラ座、フランストゥールーズオペラと4つのオペラハウスの共同制作となっている。だから、衣装も演出も照明も同じだ。美術もセットも日本で見たものと基本は同じ。もう少し舞台を飾っているというだけだ。
 そんなマノンのヒロインは今回もネトレプコ。ロイヤルオペラで見たときよりも歌は安定し、演技も素晴らしい。女王の風格がますます備わって現在世界最高のディーバである。この作品は上記のように欧米のトップオペラハウスで上演されるわけで同じプロダクションでネトレプコは世界を制覇したわけだ。
 少し太ったけれども彼女が出てくると巨大なメトロポリタンオペラの空間が華で満たされるのを味わった。



2012年4月14日@ニューヨーク メトロポリタンオペラ劇場
「メジャーリーグの楽しさを満喫」
 2012年4月にたまたまニューヨークに滞在した。主な目的は観劇や買い物なのであるが、前に平日昼間にメジャーリーグを見た事がある。ボールパークと言われるスポーツまでをも完全にエンタティメントにしてしまうアメリカ。僕もその面白さを楽しんだ。今回は2試合みた。前に見たのはメッツの古い球場で松井がいるころだった。相手チームはどこだっけなあ?
 新しいシティフィールド球場での今シーズンの初戦。開幕戦である。相手はブレーブス。来られなくなった人が80ドルのチケットを40ドルで売ってくれた。寒かったけれども新しい球場とお荷物メッツのファン、まさにアメリカンスポーツ文化である。ファン期待の強打者ライトが打って、1−0でメッツの勝利。メッツファンに春が来た!

ニューヨークメッツVSアトランタブレーブス 2012年4月5日

 初めて見るヤンキース戦はロスアンジェルス・エンジェルス。こちらも本拠地開幕戦。フィールドを埋め尽くすどでかい星条旗やら、戦闘機の飛行など式典があった。国歌斉唱もあったし、これは両試合ともそうだが、9/11以降は7回の前にそれまでの「私を野球に連れてって」から「ゴッドブレスアメリカ」に変更。ヤンキース戦ではミュージカル「ジーザスクライストスーパースター」に出演中の役者がアカペラで唄った。

 こちらはチケットが完売状態。球場入口で指を一本上げ、誰かチケット売ってくれよと言い続ける。まあ、そういう人は山ほどいる。ダフ屋も出ているが、僕はそこからは買わない。そんな中アジア系の人が28ドルで内野の4階席、まあアルプススタンドのような席のチケットどう?と言ってくれてそこで観る事にした。年に何回も通う熱狂的なファンが買う席で、試合中も廻りの色んな人といろいろと話せて楽しかった。そして、行ってみれば、この日は元広島の黒田が先発。すでに1敗していたが、この日は1回から打線に火がついて3点。2回以降は安定したピッチングで8回まで投げた。試合は5−0でヤンキースの勝ち。
 フィールドまでは遠いが廻りのアメリカ人の人達と話したり、まあどでかいスクリーンもあるので野球観戦はこちらの方がスノッブぽくなくていいかなと思った次第。黒田大活躍で日本人の俺としては嬉しい。しかし、ダルがあれだけ注目されているのに黒田はほとんど注目されず、ヤンキースファンからも厳しい目で見られながら黙々と投げていた。仕事師だった。カッチョいい。また、メジャーリーグを見たい。
ニューヨークヤンキースVSロアンゼルスエンジェルズ 2012年4月13日
ニューヨークフィル
指揮/ヤップファンツェーデン Jaap van Zweden
マーラー作曲交響曲第1番「巨人」


「ニューヨークフィル新世代」
 オープンリハーサルであったけれども、楽章を切らずに演奏し、その後で多少の直しをして次にいくという次第だったので、この交響曲を十分に楽しんだ。オランダ出身のこの50歳を少し過ぎたまだ若手の指揮者はこの巨大な交響曲の各楽器をきちんと聞かせる事に非常にこだわっていた。そして、それがキチンと大きなまとまりを伴っている。素晴らしい演奏だった。
 この前に都響の演奏を聴いた時にも思ったのだけれども、60年代にルネサンスを迎えたと言われるマーラー演奏は常にユダヤ人の怨恨のメロディのように聞こえてきた。それが21世紀になり、純粋な管弦楽としての演奏が増えてきたように思う。
 このニューヨークフィルの演奏でさえ、僕が同じホールできいたバーンスタイン/ニューヨークフィルの演奏(ドイツグラモフォンの名盤として有名な交響曲3番のライブ録音を僕は立ち会ったのだ)と比べて、何とあっさりした、何とポジティブなマーラーなのだろうか。ワルター、バーンスタインといったユダヤ人の中のユダヤ人の呪縛の演奏から独立したって感じだ。死に向き合う人生哲学ともあまり寄り添っていない感じもした。僕はそれがとても気持ちよく聞いたのだ。
 今回そう感じたのだけれども、見ていて何となく理由も分かった。80年代終わりと比べるとニューヨークフィルに何とアジア系の演奏者が増えた事か。前はユダヤの黒い帽子=ジェイドを被った演奏者が多かったけれども、すっかり少なくなった。前回、ニューヨークフィルでマーラーを聴いたのは5番で、それもあのドゥダメルだったので、そういう変化を味合うことなく、ドゥダメル節に酔ってしまったわけだ。今回で分かった。世代は替わってマーラーは世界的にユニバーサルミュージックになりつつあるのだと強く思った。2012年4月12日@アビリーフィッシャーホール オープンリハーサル

「パトロンと芸術家のダンスは人間的で」
 19世紀の終わりにパリに住んでいた中流でも豊かだった、しかし、上流でもないスターンというユダヤ人ファミリーは当時の若い美術家と深い交流を持っていた。
 会場に入ると、まずこのどでかい地図が掛かっていて、スターンの住居と当時のアーチストたちの住まいや重要なスポットが記されている。そう、これはパリの芸術家たちとのちにパトロン?投資家?になるユダヤ人家族の交流の展覧会なのだ。
 スターンファミリーは、マチスやピカソを初めとして印象派の多くの画家たちとの交流があり、当初は本当に応援する感じで始まった収集はそのうちきちんとした投資になっていき、この家族がカリフォルニアに移って大金持ちなった流れを、コレクションの流れとともに見つめる事ができるというわけ。
 これだけの収集となると、単なるサポートとか応援という言葉では括れない。お互いに意識はし合っていたとしても、人間の腹の底というか、黒さも垣間見えるのである。というのも、この展覧会、スターンが力を入れたけれども全く売れなかった画家の作品があまりにも少ない。そういうのをもっと見せてくれないと…。

 愛情がなくても、打算で関係を持つ事があるように、もしくは愛情から始まった関係に打算や悪意が挿入される事もあるように、このしたたかさなユダヤ人ファミリーと芸術家の関係は単なるおとぎ話で片付けられないはずなのだ。
 芸術家のパトロンと芸術家の間にどんな物語、葛藤があったのだろうか?輪舞曲はどう演奏されたのか?それは、集めた作品からだけでは伺い知れないが、想像するのは面白い。フリックコレクションのように既に亡くなり評価もほぼ確定した画家の作品と対峙し、評価の定まったものを収集するよりもきっとエキサイティングだったのだと思う。スターンの集めた作品群のスゴさでクラクラしてしまった。
 これらはメトロポリタン美術館だからこそできたわけだけれども、日本でも石橋さんなどの収集家の歴史を追ったものを見たくなった。そこに、明治開国以降の日本と欧米との関わり、まなざしをきっと観る事ができるだろう。

2012年4月12日@メトロポリタン美術館
ジュディガーランド、最後の日々の物語
作/Peter Quilter
演出/Terry Johnson
出演/Tracie Bemmett


「見事な演技と歌唱。まさにそこに降りてきていた」
 トレースベネットの演じるジュディガーランドは、彼女の私生活などは全く分からないけれども、それが人間として透徹されていて見事としか言いようがない。さらに歌唱場面での彼女の声やしぐさが、話し方、唄い方、何から何までそのままで驚いてしまう。それは最初の一言で、最初のワンフレーズの唄い方で観客の心を虜にしてしまう。
 ジュディガーランド、彼女は当時47歳の女性として孤独やセックスにもみくちゃにされていたのかもしれないけれども、この若くして死んだ彼女の芸へのこだわりとか、次に何をしたいと思っているのかといったこと。そういう要素が台本に少なかった。
 「おしっこいった?」とか「私はベットではものすごくいいのよ」といった下ネタばかりが多すぎてちょっとひいてしまう。僕は彼女の女としても興味はあるが、アーチストとして、キャリアを積んできたその最後に、どう芸能人として歌や演技に取り組んでいたのか向き合っていたのかをもう少し見てみたかったのだ。彼女のあの唄い方、あの演技のアプローチは彼女の私生活のどういう部分が影響していたのか?
 この本では彼女の歌や演技に対する深い愛情と執着をあまり感じられないのだ。やりたいことができない葛藤やもどかしさもあまり伝わって来ない。そこをもっと強く出していかないと彼女が薬や酒につぶされていった過程も弱くなる。そういう意味でこの作者と興味の方向性が違うんだろうなと思った。
 まあ、そうやってケチをつけることもできるけれど、素晴らしいトレシーベネットの歌唱を聞くだけでこの作品は見る価値が十分にある。観客に取って素晴らしい夜になる。ミュージカルというよりも歌入りの芝居として完成度高い作品だ。


2012年4月12日@ブロードウェイ ベラスコ劇場
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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