佐藤治彦のパフォーミングアーツ批評 演劇 忍者ブログ
自ら演劇の台本を書き、さまざまな種類のパフォーミングアーツを自腹で行き続ける佐藤治彦が気になった作品について取り上げるコメンタリーノート、エッセイ。テレビ番組や映画も取り上げます。タイトルに批評とありますが、本人は演劇や音楽の評論家ではありません。個人の感想や思ったこと、エッセイと思って読んで頂ければ幸いです。
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アランメリケン作曲
ラウルエスパンザ主演


「それほど面白いか?それほどいい楽曲か?」

 バルコニー席ならプレビュー期間中はいつでも29ドルというクーポンを配布。アランメリケンの楽曲が素晴らしいので聞いてもらいたいとネット上で積極的に情報公開している。楽曲が売りのミュージカルも新作では少ないなあと思い、当初の予定でなく、もう少しブロードウェイの作品を多めに見ておきたいと考え直しいろいろと工夫して出かけた。詐欺師の宣教師が村人の一部に信頼されてしまって起きる物語である。信頼が人を変えてしまうという物語でストーリーは分かりやすく深い。
 ただアランメリケンのメロディは印象に残るものがそれほど多いわけではなく、ゴスペル調のアップテンポの曲と歌い上げるバラード系の曲のオンパレードでイマイチ。エスパンザは前にも「カンパニー」というソンドハイムのミュージカルも見たが、熱演系の芝居、歌い上げるタイプ。まあ熱いというか脂こいというか、市村正親タイプの役者だ。共演者も実力派を揃えたのも分かる。特に歌のうまい役者も山ほどいた。こうして力の入った公演であることは間違いないし観客の反応もいいのだが、何か肝のようなものが抜けている感じもする。
 どうも僕のような似非クリスチャンには向いていないらしい。巨大宗教の詐欺的行為が氾濫し、神なき現代に生きるアメリカで、頑固に生きる保守的というよりも原理主義的なキリスト教信仰の人に特に受けてる感じ。観客にもそういう人をイメージさせるような人がものすごく多かった。うーーん、苦手。2012年4月7日@ブロードウェイ セントジェームス劇場
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時は人種差別が色濃く残る1950年代、黒人でにぎわうスモーキーなアンダーグラウンドクラブでのこと、ヒューイ・カルホーンという白人DJの青年は、黒人音楽であったロックンロールや黒人シンガーの感動的な歌声に心を奪われる。Memphis は、白人の若者が魂を揺るがす黒人音楽と出会い、そして新たな音楽スタイルが生まれるという、音楽文化の革命を描くオリジナル作品。



「ウェルメイド!ブロードウェイ新作ミュージカルのお手本」
白人青年がリスクを冒し愛するブラックミュージックを広め、黒人女性歌手と愛するようになる話。分かりやすい。ゴスペル、ブルース、ロックなどなど音楽が多彩。そして、歌も踊りもうまい黒人系キャストが大挙出演で、歌もダンスも迫力満点な上に「サムディ」などいい曲もある。美術も豪華でブロードウェイ的ゴージャス感もある。白人の観客も白人青年に感情移入さえしてしまえばいいわけで、見ている人が誰も正義感にあふれた気持ちになれる。大変うまくできた作品でなるほど2010年のトニー賞をベストミュージカル賞も含め9部門で受賞したのはうなずける。
 ただね、周りにこのような青年がいたら、通常の組織なら迷惑だよなあと思います。彼のやっていることは正しいのだが、彼を推した人に迷惑と裏切りありまくりじゃん!などと見ることもできます。きっと本当にそういう人が自分の周りにいたら、誰もに嫌がられるでしょうが、それは舞台上での話。誰もが共感するのです。うまくできたファンタジーでもあるのでしょう。ブロードウェイで4本くらいはミュージカルを見たいという人にオススメします。
2012年4月7日@ブロードウェイ シューベルト劇場
演出/MICHAEL GRANDAGE 振付/ROB ASHFORD
出演 ELENA ROGER/RICKY MARTIN/MICHAEL CERVERIS




「歌も踊りもソコソコなリッキーマーティンショー」
 アンドリューロイドウエッバーの代表作であり、現代のプッチーニとも言われる彼の作品だけあって、歌唱力を高く求められる作品である。メインキャストは歌手として先ず超一流でないと成立しない。
 ところが、僕の見た日のエヴァ(エビータ)役が、Cデチコというセカンドキャストだったこともあるかもしれないけれど、そのエビータの歌唱力がいまひとつだったのだ。いや歌唱力というよりも声自身の問題だ。低音に色気のない上に、高音もコゥルトローラ系の声でキンキンしているだけで弱い。音域に強い弱いがありすぎて歌に迫力がない。それならペロンの愛人役のレイチェルポッターの方が数段いい声。全音域で見事な音質と説得力のある歌唱力だった。コレじゃダメだろ。
 そして、ペロンはもともと大きな役でもないので、この日のショーは狂言回し役のはずのリッキーマーティンの独り舞台となる。さすがにスターなので、オーラもあるし、歌はピカイチ。ただ、黙って様子を伺っているシーンとかではやや邪魔になる。
 このミュージカル、不協和音など使いまくりの作品。さらに派手なダンスシーンはないので結構地味である。36人もの大カンパニーだし、美術も豪華なんだけれども。
 通常は、この2番手キャストのデチコがレギュラーでエビータ役水曜ソワレと土曜マチネにやるはずだったのだけれど、もし、ご覧になるのであればチケットを買う時に注意されたい。2012年4月4日 @ブロードウェイ マーキス劇場
串田和美 演出/美術

聖天町法界坊 中村 勘三郎
道具屋甚三郎 中村 橋之助
永楽屋手代要助実は吉田松若 中村 勘九郎
花園息女野分姫 中村 七之助
仲居おかん 中村 歌女之丞
山崎屋勘十郎 笹野 高 史
番頭正八 片岡 亀 蔵
永楽屋権左衛門 坂東 彌十郎
永楽屋お組 中村 扇 雀

「圧倒的な劇空間。自らを越えていく勘三郎」
 2000年11月に平成中村座が旗揚げし「法界坊」を上演した時に観劇した。今回、平成中村座を見せてもらう機会があって、演目を見たら「法界坊」でああ、12年前弱に見た時、面白かったなあと思って観に行った。
 冒頭で法界坊がばあさん連中を連れて出歩くところまでは、ああ、こんな話だった、こんな話だったと思ってみていたのだが、話はおおよそ覚えていたけれども印象は相当変わる。会話は現代的で、七之助にわざと昔の歌舞伎のテンポで台詞をしゃべらせる以外はまるで野田秀樹の芝居をみているような現代口語のリズムで会話は進む。ギャグや人間関係のドライさの表現はまるで松尾スズキの芝居に通じるものがある。舞台転換は蜷川や超一流のアングラ演劇のケレン味たっぷりだ。遊びはあるけれども、それで劇空間が緩むのではなくクライマックスに向かって観客の心を引き込むために、扉を開けて手招きしただけだった。
 面白い。そして、12年前の印象と全く違う。12年前の「法界坊」は傑作として高く評価されたが、勘三郎は自ら作り上げたその「傑作」を堂々と乗り越えさらに上の頂きに向かっていたのだ。もちろん串田和美の力も大きいのだろうけれども。
 自らの作り上げたものを壊し、もっといいものにした。
 これは再演ではない。12年前の傑作を上回る傑作の上演だ。新作以上の新作だ。まるで次元を越えたような感覚を味わった。12年前の傑作は今回の上演を見るための巨大なプロローグのようにも思えるくらいだ。
 それを非常に分かりやすく魅せてくれたのが、二時間の本編終了後、30分の休憩時間のあとにある25分の浄瑠璃だ。本編をそのまま引きずっての作品だが、最後に舞台奥は放たれ、とんぼ達と江戸歌舞伎の醍醐味を見事に魅せてくれ、それは、スカイツリー、隅田川、そして、桜咲く日本を借景に繰り広げられ、最後に勘三郎は自らの肉体を放り投げて舞うのだ。余りにもの劇空間は中村屋がものすごい極みまで到達したことを宣言した。勘三郎はいろんなことをする。いろんな人と付き合う。しかし、それらは全てただただ歌舞伎のために行なってきたんだ、と分かって涙が止まらなかった。合点がいったぜ、中村屋!
 人間が生きるとは、生き抜くとはどれだけの覚悟と全てを掛けての姿勢が必要なのかをこの御大は魅せてくれた。圧倒してくれた。
 全ての人に見て欲しい。何があっても見て欲しい。
 今春世界で上演される舞台芸術の中でも屈指の傑作であろう。
 人を感動させるために、病み上がりのもうすぐ60になろうという男が命をかけて駆け抜ける。自らの名声なんかにこれっぽっちも頼っていない。この1ステージが全てだと言わんがばかりに。
 俺はそうやって生きてるか?少なくともたまには?って思ってしまったよ。
2012年4月3日@隅田公園内平成中村座仮設劇場
演出/岡村俊一 脚本/渡辺和徳
出演/馬場 徹 中河内雅貴 磯貝龍虎 市瀬秀和 疋田英美 /丸山敦史 黒川恭佑 松本有樹純 とめ貴志/中川晃教(特別出演)・加藤雅也 ほか


「徹底的な娯楽大作」
 渡辺和徳の描く「サムライ7」は黒澤作品などとは全く関係なく、時代は入り乱れ、いい意味で何でもありの作品で、まるで新感線を感じさせるようなテンポである。映像の人だと思った、いや大根役者だと思っていた、加藤雅也がスゴくいい役で芝居も旨い。看板を張れる役者勢揃いの舞台でも、事実上の主役。が、加藤さんオーラがあるから説得力がある。若くてイケメンでアクションもできる面々と違う次元で存在している感じがあった。2012年4月3日@青山劇場
文学座 2012年3・4月アトリエの会
「父帰る」 作/菊池 寛 
「おふくろ」作/田中千禾夫
演出/江守徹
出演/南 一恵、つかもと景子、秋山友佳、戸井田稔、植田真介、内藤裕志

    

「江守徹のユーモアのセンスが溢れた名舞台」
 25分弱で終わる「父帰る」(1917年作)、1時間弱の「おふくろ」(1933年作)。2作品とも物理的に父親不在である。だからこそ、子どもの妻の心には夫への思いが強く存在する。愛憎相交じる家族劇だ。ということで、父親は心には少なからず存在しているが経済的には全く家族に貢献していない。2作品とも妻は針仕事をしながら話は進むのが面白い。そこで、妻は妻のままでいるのか、母の比重が強すぎてしまうのか、ふたつの作品は面白い提示をした。
 特に「おふくろ」は1933年の作品ということで、約80年前の作品であるにもかかわらず極めて現代的で、観客は大いに笑っている。それが、ちゃぶ台やまるでトーキーになりたての白黒の日本映画の登場人物が話すような言葉と語り口であるのだから不思議な感覚になる。テネシーウィリアムズやアーサーミラーの作品は今でも現代に通じるクラシックとして上演されているわけだけれども、日本にもこんな作品があったのかと観客は発見したのではないか?
 俳優では少し細かなリアクションが多すぎる感じがするが植田真介が2作品とも中心的な存在で「父帰る」では不実な父と、自らの心のうちの対立を、「おふくろ」でも母との距離を取りあぐねている青年を見事に演じた。女優3人はみな達者であり、80年も前の作品をユーモア溢れる現代の作品として見事に咲かせてみせた。普段の文学座の公演であまりお見かけしない方なのでこの劇団の層の厚さを再認識させられた。江守徹の演出は、シンプルなほぼ素舞台に近いところで見事に俳優の演技に観客が集中できるものであり、スピード感もありいやはやこれまた見事である。2012年3月31日@文学座信濃町アトリエ
鄭義信 作・演出
南 果歩  根岸季衣  久保酎吉  森下能幸  青山達三  松重 豊
酒向 芳  星野園美  森田甘路  長本批呂士  朴 勝哲  石橋徹郎


「詩情あふるる人間哀讃歌を堪能」
 日本は絆ブームである。しかし、瓦礫処理ひとつとってみても、その絆は見せかけの欺瞞に彩られた絆でしかないことに気づいていないものは、ある意味幸せものだ。永田町の政治ゲームを批判する多くの国民は、それが自らの縮図でもあることになぜ気がつかないのだろう。
 鄭義信の新作の舞台は昭和40年代の初め。日本が高度成長経済に邁進し始めた頃の忘れられた、時代に捨てられようとしている炭坑街を舞台にしている。在日や帰化組、障害者、決して経済的には強くない人たちの街は、命を賭して日本の底辺を支えていたが、戦争で亡くなった人達を同じように用がなくなれば捨てられる人達だ。タイトルにもある主人公スミレは、そんな炭坑街の貧乏な住民たちに普通に散髪代を請求できない事も多い、美容院ではなく散髪屋の女である。タイトルが、パーマ屋スミレとは彼女の夢は炭坑街からいつか抜け出て、散髪屋ではなくパーマ屋を開く事から来ている。汗と養豚の匂いのする店でなく香水のいい香りのする店を開く事なのである。そして、その夢は夢のまま終わる。そんな彼女の人生を俯瞰しながら物語は進む。
 しかし、この芝居はスミレだけのものではない。ここにはいろんな矛盾と挫折とを抱えながら人生を歩む人達が登場する。登場するほとんどの人に善良な部分だけでなくそれぞれに弱さと仕方のない悪い部分と矛盾をきちんと描く。そして、時に対立するが、ある部分で受け入れ認め合い肩を寄せ合って生きている。そして、それぞれがほのかな夢を抱いて生きている。しかし、そんなはかない夢も全てもぎ取られ砕かれていく。
 物語を振り返る存在として登場する狂言廻しは、そんな人生をも、大きな意味で肯定していく。ここには、絆なんてきれいな言葉では言い切れない人間の絆が、決してハリウッド的なアメリカンドリーム、ロッキーのような世界は全くなく提示されるのだ。
 それはむしろフェリーニの作品に共通する人間観があるようにも思う。鄭の登場人物への深い愛情が溢れているからだ。しかし、それはフェリーニのような人間讃歌ではなく、人間哀歌(エレジー)として書かれる。しかし、これが「アイゴー〜」とただ泣いているわけでもない、根底に流れるものは、そんな人間へもどこかポジティブに捉えるのだ。だから、僕は哀讃歌とでもいいたい。
 観客は適度な距離感を持ち、この芝居を見るだろう。のめり込みすぎたら辛い、鄭は観客がこの作品から目を背けるようなところまでは書かない。しかし、この芝居は劇場を出ても観客の腹の底にこっそりとどっしり居場所を作って、ふとした時に観客の人生に顔を出すだろう。
 いつものように鄭は在日の存在を描く。そして、それらが抱える問題を日本や日本社会だけに全て押し付けるような分かりやすい物語を書かない。もっと、人間のど真ん中を描く。それは人間の存在がMORTALであることだ。ここもかつての昭和の作家と違うところだろう。
 それが「パーマ屋スミレ」を今年屈指の作品にしたのではないか。
 俳優は南果歩が圧倒的だ。もちろん根岸季衣や久保耐吉、オカマのデザイナー志望を演じた森田甘路など、どの役者陣も素晴らしいのだが、南は今までのイメージをかなぐり捨て女優としての勝負作としてこの作品に対峙している。そういう意味で迫力が違うのだ。
 美術は、鄭義信が椿組の野外芝居でやってきた開放感がここにはある。さらに、物語の設定や例えば、狂言回しの置き方、今回は青山達三が演じた男のように物語の外周にいながら重要な男の描き方等も椿組で鄭が書いた作品に相通じるものがある。
 この作品は素晴らしい。が、決してこの1作で生まれたものでなく、多くの作品を必死に鄭が書いて来たその結果生みだす事ができたのだ。そういう意味で、劇作をする自分にとっても大きな教えと励みになった。2012年3月23日@新国立劇場小劇場
『スケベの話』バットとボール編 ブルドッキングヘッドロック
作・演出◇喜安浩平
出演◇西山宏幸 篠原トオル 寺井義貴 川村紗也 佐藤みゆき ほか
「勝つためだ。我慢しろ・・・。」甲子園まであと一勝。勝利と引き換えの禁欲が、男たちを静かに狂わせる・・・。


「クリーンヒット!」
 前回の作品がとても苦手だったので、僕が以前観たブルはたまたま面白かったのかなと思いつつ観に行った。今回も苦手だったら最後だなあと思いつつ出かけたのだ。
 入口で上演時間が2時間20分と聞いた時、ブルーになってしまったくらいだ。
 ほぼ全員が30歳以上であるにも関わらず、登場人物はひとりを除いて全部高校生の役柄だ。それをやりきってしまう面白さ。そして、この年齢だからこそ表現できるものなのかもしれないなあと思うくらい緻密でハートのある演技を出演者がして、そこには演劇だからこそ起きる空気があった。
 真ん中に舞台があり、それを挟むような舞台構成。シンプルな舞台に、シンプルな照明。役者が気持ちが高校生にならないと観てられない代物だったろう。別に大きな事件が起きるわけでもない。甲子園に出場する地方の野球チームが、さて甲子園に出て野球をする。その宿舎での話。そこで起きる日常を描いているだけだ。
 喜安氏は出演せず作演出に徹した。それは成功だったといえるだろう。とても繊細な演出でこれは自らも出演していてはなかなか難しい。役者の関係性を緻密に作り上げていた。それに応えた役者も観客を楽しませることに成功している。舞台を挟む形なので向こう側の観客の表情がどんどん緩んでいくのが分かる。ああ、演劇はこうして観客を幸せにするのだなあと思った。
 出演者はみな出色の出来だ。あまり褒めすぎるのも悔しいからこの辺にしておく。
2012年3月4日(日)ソワレ@サンモールスタジオ
作:鈴木 聡
演出:鈴木裕美

松金よね子/岡本麗/田岡美也子
加納幸和/井之上隆志/津村知与支

「鈴木聡の傑作。生きる喜び、観劇の喜びを再認識させてくれるマスターピース」
 ラッパ屋の鈴木聡は現存する日本における最高の喜劇作家である。僕はその鈴木の最高傑作のひとつではないかと思う。この作品の日常の会話や生活の中にペーソスを感じさせる手法は抜群である。生きることの面白さとおかしさ、それも笑いだけでなく可笑しさをにじませる作品だった。これこそ傑作である。こういう作品に出会いたいがために劇場に通うのだし、こういう作品を自分でも書いてみたいから僕は書くのである。
 ちょっと無理気味な設定もあるのだが、観客をぐいぐい引き込んでいくのは3人の女優の力量のみせどころである。上手い、いい味、魅力がある。うーーん、何といっていいか分からない。3人とも素晴らしいのだが、例えば松金よね子さんは、テレビや他の舞台では、もっとハチャメチャに役を作り上げる。それは、メインであってももっと分かりやすく登場人物を見せる。それは、メインであっても短時間にプレゼンテーションしなくてはいけないことが多いからなのかもしれないが、今回の作品では登場人物に本当に丁寧にじっくり向き合って作っている。いつもと比べれば、表情は無表情のことが多い。だけれども、なんてことはない時の表情の見事さ。間合いの取り方も、いつもの爆笑喜劇の時と違って慎重なのである。ただ笑いが取れればいいなんて間合いでやらない。なんていうか、喜劇の間合いでなく、日常にありそうな間合いで笑いを取るのである。その抑えた演技の見事さ。2時間10分の積み重ねで最後の20分でお客をきちんと終着点に連れて行く。もちろん、そこまで、ずーーーーっと楽しませ続けてくれる。いやはや見事。
 大好きな井之上隆志さんは、ちょっとやり過ぎだろ!と思ってみていたら、15分もするとそれを自然と受け入れてしまう。この人の腕はもうスゴすぎる。こういう俳優たちをハリウッド映画は使って欲しい。
 4人の喜劇俳優は本当に本当に見事のひとことだ。もちろんあとの二人もいいんだけど。4人が良すぎてねえ。こういう演技をみると、僕はやっぱり喜劇俳優の技量のスゴさを感じてしまうのだ。再演があったら、何を差し置いても観に行かれることを強く薦める。2012年2月28日@座・高円寺
ロマンサー
作・演出◇蓬莱竜太
出演◇古山憲太郎 小椋毅 西條義将 佐藤めぐみ 石田えり
「連鎖スル命。連鎖スル宿命。」を背負いながら、前のめりで生きる人間たちを描くということです。

 「役者の演技がすごかった」
 松永玲子と石田えり。この二人の女優対決を面白く観た。そして、千葉哲也の旨いこと。うまいこと。台詞廻しもちょっとした視線の送り方も、身体から発散される空気すべてが超一流だ。松永玲子のテンションの高さは日本だけでとどめておくのは本当に勿体ないなあと思った。
 芝居自体は好きなものではなかった。テンポは遅いというよりも重たい。人間関係は深めていくというよりもとどまり繰り返す。冒頭から、その会話はいわゆる芝居の台詞じゃね?とか思ったほど。それはありえない!とか思ってしまって、苦手な作品だと思った。
 正直、中野ザ・ポケットでやっていた頃の作品の方が圧倒的に好きだな。
 でもモダンスイマーズの俳優は今の方が圧倒的にいい。例えば古山憲太郎とかは、双数姉妹でテロリストの役をやっていたころから存在感があると思っていたが、芝居もうまくなったし、あの千葉哲也にもひかない。スゴい。
 まあ、これだけ作品への感想を直接表明するのも、蓬萊君は既に岸田戯曲賞ももらって世間の評価が物凄く高いからだ。羨ましいですな、若くて好きなことできて。2012年2月27日(月)@シアタートラム
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プロフィール
HN:
佐藤治彦 Haruhiko SATO
性別:
男性
職業:
演劇ユニット経済とH 主宰
趣味:
海外旅行
自己紹介:
演劇、音楽、ダンス、バレエ、オペラ、ミュージカル、パフォーマンス、美術。全てのパフォーミングアーツとアートを心から愛する佐藤治彦のぎりぎりコメントをお届けします。Haruhiko SATO 日本ペンクラブ会員
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